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あの子と私

 ライバルって言うほど敵対はしておらず、でも友達と言えるほど仲良くもない。

 クラスも選択授業も違う彼女は、私と同じ人が好き。


 なんとなく好きな人がいる。別に、告白する! とか両思いになる! なんて大それた夢は見てなかったから、誰にも告げずにただひたすらこっそり見つめてた。

 サッカー部の練習を見るのにいいポイントは限られていて、私はその中でも比較的遠くてひと気のない、特別棟の四階の渡り廊下をお気に入りにしてた。でもそこも無人というわけではなくて、ぽつぽつといつも誰かしらがいて、みんなそれそれの思い人を見てる。そのなかに、くだんの彼女もいたわけだ。

 最初は同じ人を見てるだなんて気づかなかった。でもある時、キーパーの彼がシュートを防いだのとほぼ同時に、誰かの振りぬいた脚が彼の頭とぶつかってしまって。

「あ!」

 思わず発してしまった声は、何故か窓ガラス三つ分離れたとこからも、聞こえてきて。

 彼女を見た。彼女も、私を見た。それから、どちらともなくぺこりとお辞儀を交わして、彼の方にそれぞれ向き直った。幸い、ひどい怪我にはならなかったみたいでホッとした。


 彼女とはそれからも放課後の渡り廊下でたびたび顔を合わせるようになった。

 お友達ではないし、結構私は人見知りだから(初対面ですぐに馴れ馴れしくされたりするの、苦手だ)おしゃべりなんかはしないけど、会えば互いに黙礼するくらいの仲。


 目元が涼しげな美人さんで、あんまり笑ったりしないから最初はおっかない人かと思ってた。でも、同じ人を見てるとバレても攻撃されなかったし、それどころかいつもの渡り廊下で私がハンカチを落として気付かないまま帰ろうとしたら拾ってくれたりもして、なんて言うか普通にいい人だ。

 その時にちらりと見た名札によると、向こうは彼と同じクラス。――いいなあ。

 ふう、とため息を吐けば一瞬窓ガラスが白くなる。でもすぐに元通り。

 白く曇ってたあたりに開いた手をつけば、キーパーの彼は私の手で簡単に囚われたように見える。

 でも実際はもちろんそんなことなくて、それどころか彼とは何の繋がりもない。辛うじて去年同じ委員会で、一度だけ会話を交わした程度。きっと名前も覚えられてないだろう。だからって、クラスに押し掛けたりコートの近くをうろうろして他の部員やマネージャーに邪魔者扱いされながら猛烈にアピール、なんてことをする気にもなれない。

 彼を見ているのが好きだ。しなる腕で、うんと遠くにボールを投げたり、敵の放つシュートをバシバシ弾くところを見るのは気持ちいい。おまけに笑った顔は、男も女もみんなが虜になるほど魅力的で、見ているだけで幸せになる。


『わ! 字、すっげー綺麗だね』

『あ、りがと。お習字習ってたからかな』

『そうなんじゃん? 俺も習っときゃよかったなー』

 委員会の連絡事項を書き留めたメモを彼が偶然見て、そんな風に声を掛けてくれたのを、大事に大事に取っておいてある。


 別に、私のこと見つめてくれなくていい。覚えてなくてもいい。

 ただ、あなたを見ているとそれだけで嬉しいんです。

 イマドキこんなの、「恋です」なんて言ったら皆に怒られそう。

 今日もひっそり見るだけ。それでもじゅうぶん、私は満たされるから。


 私はこんなだけど、あの彼女はどうなんだろう。同じクラスなら、おしゃべりすることもあるかも。

 想像してみた無表情な彼女と陽気な彼の組み合わせはなんだかおもしろくて、ちらほら人のいる渡り廊下なのにこっそり笑ってしまった。



「あー……、」

 我ながら情けない声が出たのは、体育祭の午前のプログラムの最後、二年生男子の騎馬戦の最中。まさかのデジカメ電池切れだ。

 せっかくお父さんから借りて、それほどやりたくもなかった午前のカメラ係に立候補して撮影してたのに。騎馬戦に出ているうちのクラスの男子は一通り撮ったから、まあいいっちゃいいんだけど……。

 騎馬戦にはあの人も出ていて、サッカーやってる時よりも楽しげな顔で、何本もハチマキを取っていた。その雄姿をね、写しておきたかったんだけどね。

 まあ仕方ないさと諦めて、自分のクラスの応援席にすごすごと戻った。


「これ」

 図らずもきっちり果たしたカメラ係はすこぶる好評だった。みんなにプリントした写真を配ってはお礼を言われて、それで彼の写真を撮り損ねたことはチャラしよう、なんて思っていたんだけど。

「撮れてなかったみたいだから」といつもの渡り廊下で差し出されたのは、透明の袋に入れられた、彼の写真。

 思わず受け取ると途端に距離を取り、もうこれで会話は終わりとその背中で告げて、いつもみたいに窓三つ分離れてグラウンドの方を向いて立つ。

「……ありがと」

 呟きは渡り廊下に響いて、校庭を見下ろしていたショートボブがこくりと揺れた。

 うん、悪い人ではないのだわ。あいそは、とってもないけど。

 もらった写真を眺める。迫力あるアップの写真、引きで撮ってあるのは騎馬戦の仲間と笑い合ってる写真、応援合戦の時のクラス写真、――教室の自分の机で突っ伏して寝ている写真。

 こんなの、くれる義理なんてないのに。やっぱりいい人だ。


 彼女と私は、ごくごくたまにこんな接触がありつつ、基本は一人と一人のまま彼を見ていた。

 そんなのんびりで穏やかな日々は、突然終わりを告げる。



 放課後、彼女がいつものポイントになかなか来なかった。おかしいな、結構きっちり来る人なのにと思いつつ、でもこういうこともあるかと一人納得していたら。

 昇降口からサッカー部が使うグラウンドへと抜ける中庭の方で「あんた生意気なのよ!」という物騒な声と、ここまで聞こえてきたバシッという音。――人を叩いたような。

 慌てて中庭側の窓に縋りつくと、派手めな先輩女子数名に囲まれている、彼女。頬をおさえている、と言うことは、さっき叩かれたのは。

 どうしよう、と頭の中がそれだけになる。心臓がどくどく言って、何かしなくちゃって焦るのに、どうしたらいいか分からない。

 そうこうしている間にも彼女は聞いているこっちが耳を塞ぎたくなるほどの罵詈雑言を浴びせられていた。彼と同じクラスだからって調子に乗るんじゃない、だの、彼と釣り合うとでも思っているのか、だの。

 調子になんか乗ってないよ。いつもひっそり見てるだけだよ。何でそんなこと言うの。

 自分がその暴言を浴びたみたいに苦しくなる。でも、それを聞かされている当の本人はと言えば相変わらず顔は涼しげで、それが余計に相手を怒らせているらしいことは私にも容易に想像できた。

 凛としていた彼女の顔が初めてゆがんだのは、昇降口から出てきた彼が「何してんだ!」と駆けつけた時。

「寄ってたかって何してる!」

 いつも優しげで、サッカーの練習中だって落ち着いて指示を出してるのに。怒った声、初めて聞いた。こわい顔も。――ぜんぶぜんぶ、彼女の為だけに。

 やだこわーい、なんて急に変わった先輩女子の猫なで声にも彼の態度は軟化しなかった。

「そんな顔らしくないよ? 笑いなよー」って、さっき一番おっかないこと言ってた人がかわいい顔をこしらえてそんな台詞を放つと、ますます彼の表情は硬くなって。

「俺の好きな女が苛められてるってのに、ヘラヘラなんかできませんよ」

 その問題発言に、先輩女子の方々も、彼女も(そして私も)、ポカーンとなった。

 いち早くポカーンの呪縛から解けた人が、「なんで、もっといい子が他にもいるじゃん!」と叫ぶと、彼は冷たくその人を見やった。

「俺が誰を好きになろうと俺の自由です――保健室行くよ」

 そう言うと、彼女の手を取って歩き始めた。


 私はただ、その一部始終を見ることしかできなかった。

 先輩女子たちがとぼとぼと教室に帰っていくのも、いつもより怒った顔の彼が、いつもより困った顔した彼女の手を引いて保健室の方へ歩いて行くのも。


 ――終わったな。

 さすがに、彼女がいる人をウォッチし続けるほど無神経じゃないし、どうしても諦めきれないってわけでもない。

 これっていわゆる、失恋、ってやつなんだよね私。

 でもなんでだろ、なんか嬉しいんだよね。

 彼はあの子のこと、ちゃんと見てた。きっと彼女も。


「好きだったんだけどなー」

 こんなに晴れやかな気持ちってことは、やっぱり憧れが大部分を占めていたのかも。まあさすがに、ちょっとは胸が痛むけど。


 きっと明日からも彼女はここから彼を見ているだろう。彼のカノジョだからって、いばってコートの近くへ行くような人じゃないから。

 だから私は明日、最後に一度だけここに来よう。

「オメデトー!」って言って、今まで撮りためたとっておきの彼の写真をぜーんぶ渡して、それから。


 彼女と、友達になろう。


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