二〇分間
ブッシュに身を潜めて、もうどの位時間が経過したのだろう。太陽の位置が変わっていないから、それほど経っていないはずだが。
ケントは額から流れる汗を拭いながらそう感じた。
仲間は、ジョーとアンドリューは無事だろうか。隊行動を乱してスタンドプレーをしたのは自分だ、もし酷い目にあうのなら――それは自分が相応しい、二人には無傷のままミッションをクリアして欲しい。心からそう思った。
動いていないのに自分の息だけがうるさい。
そこここで目を光らせている敵に気取られぬよう、そっと周りを伺う。すると、ジョーとアンドリューの二人は少し離れた建物の陰に身を寄せていた。すぐにこちらに気付きホッとした表情を見せるが、すぐにそれは引き締められた。戦闘中なので当然だ。ハンドサインを交わして改めて無事を確かめた後、この次の動きを伝え合った。
ケントが囮になって陽動を起こす。その間にジョーとアンドリューが敵の防衛ラインを突破し、捕虜――ケントの代わりに捕まってしまったユーリを解放する。そういう手筈になった。囮になるということはそのままDEADになる可能性を秘めているが、ケントに異存はなかった。
五から遡ってカウントを取り、〇になった瞬間、一息に駆けだす。敵は目を配ってはいたものの、少しばかり油断が生じ始めていた。そこを狙った。
「うらあああああ!」
恐怖心を押さえつけるように咆哮をあげ、発砲しながら走る。
もちろんあっさりと通してくれるはずもなく、反応が遅れた一瞬の後は、弾雨を浴びるのはこちらとなった。
弾けるような痛みを全身に感じつつ、それでも足を止めずにケントは走り続けた。
ユーリは無事解放されただろうか。
押さえつけていたはずの恐怖心が、疲れと共に蘇ってくる。焦って、足が縺れそうになる。バカか、おれは。一年生でもあるまいし。
体勢を整えようと、スピードを落としたその時。
「そこまでよ」
後頭部に銃口をつきつけられた感触と、自分の終わりを告げる残酷な声。
ケントは緩慢な動きで両手を挙げ、振り向かずに云った。
「アイリーンか……相変わらず気配を消すのがうまいな」
「ありがとう」
さして感情の動きがみられないその口ぶりも、ケントの知る彼女そのままだった。
自分の後頭部に銃を感じたまま、ケントはゆっくりと空を仰ぎ見る。青空にはぐれ雲が一つ、今の自分のようだと思う。
風が吹き渡り、煙幕の様な土ぼこりが抜けていく。あれに乗じてこいつを撒けたらよかった、とケントは今更臍を噛むような気持ちになった。
「死ぬのか、おれ」
「そういうこと」
「お前な……もう少しいたわれよ」
「無理」
淡々と云いつつ、銃口をより強く押しつけてきた。
「さよなら、ケント」
キーンコーンカーンコーン……
緊張に満ちた空気を読まず、暢気なチャイムの音が響いた。
キーンコーンカーンコーン……
ケントは軽く目を瞑り、ため息を吐いた。
「終わりだな」
「残念ね」
アイリーンの言葉は、やはりそうとは聞こえない。
「それ外して、もう時間ヤバイし」
「……仕方ないか」
その一言にだけ、残念さが滲んでいた。ふっと後頭部に押し付けられていた存在を感じなくなったケントが振り向くと、アイリーンが木とゴムで出来た銃を指でくるくると弄んでいた。
仲間も、さっきまでの敵もわらわらと一か所を目指して半ば駆けるように歩いていく。
ケントもアイリーンと共に、一団からは少し遅れながらそちらへと歩く。赤くなった手足と顔を撫でさすりながらケントはこぼした。
「おお、いてえ、真っかっかだよ」
「避けられないのが悪い」
「お前も当ってみろよ、ゴム鉄砲痛えんだから」
「やだ」
「なあ、あれやるときなんで『アイリーン』なの」
「かっこいいから」
なんじゃそら、と思ったところで教室にたどり着いた。
既に教室へ来ていた先生にじろりと睨まれる。かわいいのに、怒ると怖いのだ。
「あいりさんに健人君、遅いですよ」
「すみません」
とりあえず謝り倒しておく。
「譲君も龍君も、悠里さんも、他でケイドロやってた子たちもね、二〇分休みから帰ってくるのみんな遅いです。三分前には終わらせてくださいね。ところで、」
先生はそこでにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。
「どっちが勝ったの」
「『チーム★アイリーン』の勝利ですよ、相変わらず」
アイリーンこと、杉下あいりがそっけなくも少しだけ嬉しそうに云った。
「うっせえ! おれ達『パルメザン』だってあと五分あれば……!」
悔しげに云うのはケント――松本健人。
「え? パルメザン?」
先生が不思議そうに繰り返す。大人なのに知らないんだな。なら教えてやろうと健人は胸を張って誇らしげに口にした。
「革命軍のことですよ。おれたちは打倒『チーム★アイリーン』を目的にチームを結成したんです」
あいりがかわいそうなものを見る目で健人達を見やった。
「それはパルチザンでしょ……」
「あいり、よく知ってるね~。悠里全然知らないよそんなのー。安藤君知ってた?」
「いや、パルメザンチーズは知ってたからふつうにチーム名がチーズの名前なんだと思ってた。一文字違いか……」
龍が感心した口ぶりで云う。
「そこ、感心するとこじゃねえし……」
がっくりと頭を垂れたのは健人の親友、譲。
ケイドロは通算五対二〇――圧倒的に負け、なおかつ名前まで間違っているという残念男子ぶりをいかんなく発揮した松本健人、一一歳の秋だった。
*帰りの会*
「今日の二〇分休みにケイドロしてた人―」
先生の声に「ハイ!」と元気よく手を挙げたのは、健人・譲・龍・悠里・あいりを含む八人。
その子らを一人ずつじっくり見て、先生はにっこりほほ笑む。――目が笑っていない。
「教務主任の先生から、『二〇分休みにケイドロで遊んでいた五年三組の子たちの落とした大量の輪ゴムをちゃんと片づけるように』と云われました。今手を挙げた人は、今日下校の前に か な ら ず 拾うこと。それができなければ、ゴム鉄砲を使ったケイドロは禁止します」
エエーという声が上がりかけたものの、普段はアイドルグループにいそうにかわいい、と云われる先生がめちゃくちゃ怖い顔で怒っていたので、誰もが無言で従うほかなかった。
松本健人氏は「如月・弥生」内の「未来の方から来ました」、杉下あいり嬢はこのすぐ後に投稿します「ゆるり秋宵」内の「欠けないハート」にて大人バージョンをお楽しみいただけます。合わせて読んでいただければ幸いです。