侍女とチョコレエト
控室として与えられた一室で、黒と白のお仕着せに身を包んだ少女たちがひっそりと腰掛け、それぞれの主を待っていた。待つことは彼女たちの仕事の一つと言えよう。
命令を待つ。主が目覚めるのを待つ。舞踏会の付添いとしてこうして待つ。
壁際には、部屋の中央に向けて等間隔のロの字型に椅子が並べられていた。少女たちはそこに座っているが、立ち話に興じるものはおろか、私語をかわすものもいない。その静けさゆえ、人形たちが端から箱詰めされはじめたところだと説明したら、信じるものがあるかもしれない。
彼女らは客ではないので主催者からのもてなしは当然あるわけもなく、大人しく待つこと以外に何一つ許されてはいない。星空を見上げようにもカアテンがそれを阻み、耳に聞こえるのは自分達と同じくらい勤勉な振り子時計の働く音と、重厚な扉からほんのわずかに漏れてくる円舞曲の演奏のみ。
けれど、それを耳にした侍女の一人は、かしこまって座りながらひっそりと笑った。
――うちのお嬢様は『わざわざ三拍子でむつかしくして踊るだなんて、西洋の人の考えていることは分からないわ』と私にだけ泣き言をおっしゃって、それでもたくさん練習なさっていた。
どうかその成果が存分に発揮されますように、反対に靴擦れは最小限でありますようにと、扉の向こう側に祈る。
自然と、目はその扉に吸い寄せられていた。
チョコレエトのような色をした重厚な扉は、シャンデリアの輝きを受け、眩いほどにとろりと光る。
あんな風に深みのある色と光沢が出るまで、一体どれ程の年月磨いたらよいのだろう。ふちに施された細かな飾り彫りに埃が溜まらないようにしなくては。――などと、仕事の眼でつい見てしまう。
そして、チョコレエトとはどんな味なのだろうと、ふと思った。
侍女の仕えている家は、主人も奥方もお嬢様も、みなこころの優しい人たちで、なかなか抜けない侍女の田舎訛りを笑ったり、失敗をこっぴどく叱ったりはしない。それどころか、お嬢様は自身に供されたお三時を分けて食べようと持ちかけたりもする。
『いいでしょう、少しくらいお食べなさいよ』
『いいえお嬢様、今は仕事中ですので』
『なら持ってお行きなさい。お懐紙に包んであげるから。後で自由時間に食べれば問題ないのでしょう?』
『そのお気持ちだけで、私には充分です』
『……まったく、お前はまじめすぎるわ。折角こんなにおいしいのに』
いつもお三時を巡って交わされる攻防。侍女は引いたためしがなく、さりとてお嬢様も諦めはしないので、結局毎回おなじやり取りをする羽目になる。
お嬢様の心遣いが嬉しいのは本当だ。口にする機会など、そうそうありはしないけれど甘いものだって大好物だ。
けれど、服のお下がりをもらうのとはこころもちが全然違う。
美味しいものを食べ慣れているお嬢様が、チョコレエトを口にする時だけに見せる恍惚。
それを、自分のお給金――田舎の両親に殆ど仕送りしてしまうので、手元には僅かしか残らない――で常食することは、きっと叶わない。
お嬢様におこぼれを頂戴したとして、次にいつ何時食べられるかも分からない。それどころか、二度と口する機会に恵まれない可能性だって十二分ある。そんな分不相応な嗜好品のとりこになってしまうのは、あまりにも愚かだ。
わきまえなければ、と侍女は扉をじっと見つめる。
自分は貧しい寒村出身で、故郷にはまだ幼い兄妹たちがいる。来年にはまた赤子が生まれるらしいので、いっそうの倹約が必要だろう。恋だの愛だの、チョコレエトだのアイスクリンだのに興じる余裕なぞない。
ならば、その魅力的な扉には最初から近づかない。触れないし、中をのぞきもしない。
ほどほどの幸せで、充分だ。
ひもじい思いも惨めな思いもさほどしないでいられるのなら、それ以上を望むまい。
己にそう言い聞かせながら、お嬢様を待つ。