九九年保証の友だち
草間ってばすっごい空気読めない君じゃない?
きみを好き好き言ってたのは、あたしの親友の、――もしかしたら元・親友になっちゃうかもしんない――やまちゃんでしょ。誰の前でも隠してなかったから知らないとは言わせない。
なのに、どうしてあたしに告白なんかするのよ。しかも、どこか人目につかないところに呼び出し、とかじゃなく、球技大会の打ち上げで皆で来てた遊園地で、帰りの集合場所の観覧車をバックにクラスメイトの前で告白するとか、ほんとどうかしてる。夕日と観覧車っていうドラマみたいなロケーションに酔いしれちゃったのか。
全員集まったね、じゃーそろそろ帰ろうか、って時に『ちょっと待って』って呼びとめられて、そして。
『弓木さん、好きです』
そう言われて、目は誰より先にやまちゃんを探した。
どうかここにいないで、聞かないで。
でもそんなの無理って分かってた。だって、やまちゃんとあたしは仲良しさんで、この日だってずっと一緒に行動してたんだもん。
やまちゃんは静かな表情で、まっすぐ草間を見つめてた。
あたしのことは一度も見ないまま踵を返すと、すたすた入口の方へ歩いて行ってしまった。それを、同じグループの子数人が慌てて追いかけてったのを、見た。
草間への返事は、出来なかった。
あれから一週間たつけど、あたしは未だにやまちゃんと話す機会を作れていない。LINEも来ないし、こっちからも送れてない。だって、『ごめんね』とか言うのもおかしいでしょ。
でもそのかわりになりそうないいかんじな言葉も見つけられないし、教室にやまちゃんいるの分かってても『こっちこないで光線』がビシビシ発射されてて、近寄れないし。
なんか泣きたくなる。
ほんとに、この間までめちゃくちゃ仲良かったのに。
『ねえ、あたし一〇〇年先まであんたと友だちでいる自信あるよ』
『その前にあたしもやまちゃんも寿命きてない?』って、笑いあってたのに。
なんでこんなになっちゃうかな。
メガ盛りスペシャルジャンボパフェを一緒に食べに行く約束、あれいつまで有効だろう。
グループもね、真っ二つになっちゃった。あ、でもこれはやまちゃん派とあたし派が対立してるってわけじゃなく、あたしもやまちゃんも『あたしはいいから、あっちについててあげて』って言って、そうなってるだけ。そんな風にしてくれてるうちは、まだ心底嫌われてるってわけじゃないんだよねって、そう信じたい。
でも一週間はキツいよ……。
グループの子も、そうじゃない子も、めっちゃ気ぃ使ってくれてる。ありがたいなーって思いつつ、元凶の草間には耳元にメガホンあてて思いっきり「草間の、アホ――!」って音楽部の本気で叫んでやりたい。
あたしたちは一〇〇年続くはずだったのに、どうしてこんなに脆いのよ。
なんで草間は市内の女子高の子とか、コンビニのアルバイトの人とかに行かないで、あたしだったのよ。
うつうつしてたせいか、今日は体育があるのにまんまとジャージを忘れた。草間のアホ。
いつもだったら前の日にしっかりもののやまちゃんが『弓ちゃん明日ジャージ忘れるなよ』ってLINEくれて、あたしはそれで助かってたのに。――はあ。
今からじゃ他のクラスに借りに行くのも間に合わない。日焼け止めばんばん塗ってあるし、なるべく日に当たんないように気を付けよう。そう思ってたら。
「着れば」って、ジャージの上下を机に置かれた。
やまちゃんが、「あんた忘れたんでしょ」って、前みたくふつうに言ってくれた。あたしもつられて前みたくふつうに「うん」って言った。そしたら思いきりしかめ面された。
「バッカ、日光湿疹出るのに。ちゃんとそれ着なさいよ」
「え、でも」
「あたしは日に当たっても痒くならないし、お高い日焼け止めつけてるからいいの。早く」ってあたしを追いたてて、ジャージを着せてくれた。体育の授業中は他の班だったから話せなかったけど、嬉しかった。
春のクラス替えの後、知り合いがいなくて途方に暮れてたあたしに、『なに弓木さん、ぼっちなの? ここおいでよ、一緒にお昼食べよ』って誘ってくれた時くらい、嬉しかった。
これ、あたしの見てる都合のいい夢かな? って思ったけど、授業終わりに近付いていってもやまちゃんに避けられることはなかった。
「ありがと。これ洗って返すね」
「いいよ別に」
「でも、」
「そんなに言うなら、メガ盛りスペシャルジャンボパフェでもおごってもらうかな」
待ち焦がれたその言葉は少し震えてて、やまちゃんも緊張してるんだって分かって泣きたくなった。
「……いいよおごるよ。二杯でも三杯でも」
「お腹ピーピーになるから一つでいいって」
二人ともちょっと潤んだ目で、笑った。
「ごめんね弓ちゃん、あたし超やなやつだったよね」
「ううん!」
悪いのは草間じゃん、て言う前に「だってあたし、弓ちゃんも草間のこと好きって知ってて、諦めてほしいっていうのもあって好き好き言ってたんだもん。バチ当たったわー」って先に言われてしまった。
「……、そんなの、言えない方が負けじゃん」
「でも勝ったじゃん。弓ちゃんそそっかしくて頼りないけどいい奴だから、草間見る目あるよ」
「……」
「今から言っといで、『あたしも好きだよっ♡』って」
「なにそれ、全然似てないし。てか言わないし」
「だいじょぶだって、あいつまだ全然弓ちゃんのこと好きだから。駄目だったら二人で泣きながらパフェ食えばいいよ」
ほら、と背中を押してくれる。自分の気持ちとやまちゃんへの気持ちで動けないあたしを、前へ動かしてくれる。だから。
「一〇〇年先も友達でいてくれるなら、行ってくる」
「公開告白でダメージ受けたからマイナス一年な。――ほら、あそこの渡り廊下にいるから、早く行って来い!」
「ありがと!」
走り出す。まだきっと、心の底からはそう思えないくせに強がってくれたやまちゃんが、あたしに差し出してくれた勇気を起爆剤にして。
あたしたちは、今度こそばばあになるまで友達でいられるかな。あっちの恋人はハーバード大なのにこっちはMARCHですらないよとか思ったり、あっちはお金持ちでこっちは貧乏で、なんてこともあるかもしんない。
それでもあたしは大丈夫だって知ってる。
今だけでも、口約束になったとしても、九九年分あたしとやまちゃんは友だちだ。
それって恋と同じくらいすばらしいかも、と思いながら、渡り廊下を曲がってきた草間に「あのね、」と話しかけた。