夢の一端①あの店
夢で見たシリーズ。辻褄が合わなかったりオチがなかったり。もとはツイッターにあげていたものです。
夢で、何度も訪れている喫茶店へ足を運んだ。神田あたり。線路沿い。そこへ行く時にはいつも迷う。春日通りと何かの通りの分岐を右にゆくのか左にゆくのか。連れにまかせて歩いて少し行くと、見慣れた線路沿いが見えてきた。
線路は少しだけ高くなっていて、その壁は雨水のしみのせいか赤い。天水桶の横を通り過ぎれば目的の店まであとすぐ。
「いらっしゃい」と迎えてくれる店主は、いつみても初老のままの印象だ。他に収入源でもあるのか、儲かる気のない価格設定にはいつもあきれてしまう。
この日も『一年の感謝をこめて』という言い訳つきで、焼きたてのパン(好きなだけ)と東欧風の煮込み料理と珈琲とデザートで、千円少し。心配してもどこ吹く風だ。
長年磨かれて、飴色に光る木のテーブルと床。椅子の座面はベルベットというよりは別珍と呼ぶ方がしっくりくる年代物。
ここへ来ると、なぜだかすごくほっとする。大好きな空間だ。もっと近くにあればいいのに。
ところで、この店の名前は何と言ったか。
それで気づいた。私はこの店に『夢の中でしか訪れたことがない』ことに。店主も常連さんも、みな夢の住人であった。
手編みのカバーや敷物があちこちに置かれた、懐かしい内装。いつもレースのカーテンが引かれているせいで店内は薄暗い。いつだって自分の他に一人二人いるだけで、席がうまっている事はなかった。うっすらと流されているのは、クラシックとジャズのレコード。店主のコレクションだ。店に至るまでには菓子が大胆に値引きされたディスカウントショップがある。そんなことも分かっているのに。
そもそも自分は、神田の駅で降り立ったことなど今までに一度か二度しかないというのに、どうして常連になり得よう。
春日通りと何かの分岐で迷い、天水桶の横を通り過ぎて訪れるあの店に、またいつか行けるだろうか。夢の中で。




