七年後もここであなたと
その大きなイベントの招致に成功した時、メディアはしばらく大騒ぎだった。
開催は今から七年後。遠いような近いようなその頃、私は三〇代半ば、あなたは四〇代前半になってる予定。
計算すると、まだ小学生の甥っ子が高校を卒業する年になってるんだ!と驚く。
父母と実家の犬と、ラブラブな姉夫婦(と、甥っ子)が元気だといいなぁ、とねがう。
七年後も、今と変わらず友人らとバカみたいに笑っていられれば幸せ。
あなたがず――っと私の隣にいて年月を重ねてくれるなら、それが何より幸せ。
「賭ける?」
あなたは、面白いことを思いついたと云いたげな顔付きで私に持ちかけてくる。
「何を?」
「七年後も隣にいるかどうか」
「……それ、いない方に賭けたくないんだけど」
「あ、そっか、俺もそうだ」
今気が付くか、この天然さんめ。仕事は抜かりないくせに私生活は抜けてるんだよね。そこがいいんだけど。
「じゃあ、設定を変更。――七年後、互いの左手の薬指に、今、目の前にいる相手から贈られた指輪があるかどうか」
そう云って、そっと手を繋いできた。その繋ぎ方が、好き。
「あるかな」
期待をこめて云ってみる。
「あるだろ」
断言が、嬉しい。
「そっちが三四で俺が四二か。子供もいておかしくない年だな」
「ちょ、おなか撫でないで! まだ空き室だから!」
想像妊娠したらどうしてくれんだ。……まあ、責任は喜んでとってくれるだろうけど。
「男の子と、女の子と、両方いるといいな」
「えー? 男の子はタイヘンだよー?」
「何で知ってんの?」
あなたが不思議そうに聞いてきたから、私は思い出し笑いを堪えて教えてあげた。
「甥っ子はちびっちゃい頃、鼻にポップコーン詰めてみたり砂を食べてみたり、さんざんお医者さんにかかったから」
「そっか、じゃあ女の子二人姉妹で」
「それもなー、うちがまさにそうだったけど、女二人はウルサイよー?」
「……子供、いらないの?」
そんなに寂しそうにしないでよ。ぎゅってしたくなるじゃないか。
「ウルサくてもタイヘンでも授かったらきっとすごく嬉しいよ。ミルクもオムツ替えも甥っ子で一通りやったから任せておいて」
「それは頼もしい」
ぱちぱちと口で拍手をされて、えへんと威張りくさる私。
「金魚飼いたいなあ金魚。俺好きなんだ」
「犬も希望! 雑種ね!」
「はいはい。ちゃんと言いだしっぺが世話するんだよ?」
「もちろんですとも」
ただ『ああしたい、こうしたい』って云い合っているだけなのに、何だか楽しくなってきた。それは向こうも同じらしく、めくるめく妄想話は、なかなかネタが尽きない。
「家とか、もう買ってたりしてな。マンションと戸建て、どっちがお好み?」
「うーん、戸建てかな。駅は、今よりもうちょっと奥に引っ込んでも全然オッケー」
「そっちの実家の近くだと、何かといいかもな」
車はどのタイプがいいだとか、子供の教育方針だとか、やけにリアルにディスカッションした。お互い、価値観に大きな相違がないみたいで安心したし、なんだかすごく嬉しい。
「アイランドキッチンって、憧れちゃうなあ」
うきうきしたまま云えば、それを聞いたあなたはいかにもついでと云う風に質問してきた。
「ちなみに、お料理の腕前なんかは?」
分かってて聞いてくるとかイジワルだね。私は、鼻と眉間に思いきり皺を寄せて云い放った。
「七年後をお楽しみに」
「うん、期待してるー」
ちっともしてないでしょ、棒読みで云いやがって。
噴き出したその顔目掛けて、クッションをぶつけてやった。そんなことしたところで大したダメージを与えた訳でもなく、あなたはムッとすることも怒ることもない。のほほんとまた手を繋いでくるところがいいな、と思ってる。
混んでいるところは苦手だし、待たされるのもキライ。
スポーツは、テレビでメジャーどころがやってたら何となく眺めはするけれど、手に汗かいて応援するタイプじゃない。その夢の場所に立つ時に最高の自分である為、日々のトレーニングを黙々と積み重ねるひとたちには素直に称賛を送るけれど、パスポートがいらない場所でその祭典を行うと聞いても、会場まで足を運ぶかと問われたら、答えは否、だと思う。
それでも、七年後が楽しみだ。
私は、お料理の腕は上がってる?
あなたは、今とおんなじに天然さんのまま、私の隣にいてくれる?
二人は揃いの指輪をして、小さなおうちを手に入れて、かわいい子供に四苦八苦して、友人と友人の子供と時たま親子で遊んだりして、両親は甥っ子と同じに孫には甘い祖父母で、おっきくなった甥っ子には彼女が出来てて、姉夫婦は相変わらずラブラブで。
そんな未来が、まるっきりの絵空事じゃなく、そこそこリアルに描けることが嬉しい。
あなたが株で大儲けして、私が人も羨むようなセレブ妻になって、とか、そんなんじゃなくっていい。
今の、しましまのTシャツを着てしましまの靴下をうっかり履いちゃう抜けてるあなたが一番好き。七年後もきっと大好き。年を重ねたあなたに会えるのを、今からもう心待ちにしてる。
「あ!」
大事な事を思い出した。
「何、急にそんなおっきな声出して」
「えっと、二人とも同じ方に賭けてたら、それはもはや賭けにならないんじゃないかと」
「あ、」
あなたは、やっぱり今気が付いた。持ちかけた本人のくせに。照れ笑いしながら、手繋ぎからハグに変えてきた。
「じゃあ、賭けはやめ。俺も君も、七年後もいいパートナーとして隣にいられるように努力しましょう」
「そうしましょう」
「今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、何卒お願い致します」
そんなお堅い口調で決意表明をして、目が合うと二人して噴き出して、契約印の代わりにキスを交わしあった。
――テープカットもファンファーレも白い鳩もライトアップも何にもない、古びたマンションのあなたの部屋で、一人こっそりと願を掛ける。
どうかどうか、私の大事なこのひとと、これからも同じ風景を見られますように。
このひとが辛い時は、私にもちょっとは分けてもらえますように。
私が眠れない時にくっつく肩が、いつも隣にありますように。
出来ればもう少し、朝早起きさんになっていてくれますように。
こっそりな割に欲張り過ぎだ、私。でもどれも手放せないや。だから、全部抱えて持っていくことにする。
色んな願い事の答え合わせは、七年後の夏に。
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