ゴミ箱に咲く花
一粒の種があります。
楕円形をした、黒くて小さな種です。
その種からいったいどんな花が咲くのか、どんな実がなるのか。
あなたはまだ知りません。
さあ、どうしましょう。
土に埋めて、水と肥料を与えてみますか?
それともプレパラートに乗せて、顕微鏡で観察してみますか?
あなたは少し迷ってから、その種をゴミ箱に投げいれました。
ついでに、部屋を散らかしていたポテトチップスの袋やジュースの紙パックも捨てました。
あなたのゴミ箱は、あっというまに一杯です。
あなたとゴミ箱は仲良しです、あなたはゴミ箱なしでは生きていけません。
昨日もいらない種やゴミたちを捨てました。
今日は大雨が降って、雨漏りをためる容器として大活躍です。
しかし、そのずぼらな性格のせいで、あなたの生活は一変します。
次の日の朝、ゴミ箱から大きな芽が出ていました。
緑色の双葉、もちろんあなたは仰天します。
芽はどうやら、あの種から伸びているようです。
あなたはすぐに、その芽をはさみで切りました。
しかし切られた所から、また新しい芽が伸びてきます。
あなたとその双葉との格闘は、一時間にも及びました。
結果は、双葉の圧勝でした。
不思議なことに、双葉は切られると切られた分だけ、大きく成長するのです。
ゴミ箱ごと、外に捨ててしまえばいいのではないか。
あなたがそう気づいた時には、もう手遅れでした。
双葉はすっかり成長しており、あなたの力ではゴミ箱を持ち上げることすらできません。
せめてもの腹いせに、あなたは相変わらずゴミ箱にゴミを捨て続けていました。
双葉の根元に、弁当やカップ麺の容器を忍ばせます。
雨漏りの時は欠かさず、ゴミ箱を受け皿として使用します。
すると、負けず嫌いな性格なのか、双葉の方もより一層成長していくのです。
あなたはどんどん伸びる双葉に、焦りを感じていました。
今や高さにして五メートル、重量は十キロにもなります。
このままでは近い将来、この部屋は緑いっぱいになることでしょう。
あなたは、根本的な双葉の性質を調べることにします。
すると、意外な事実が次々に判明しました。
双葉の栄養源はゴミでした、あなたが捨てたゴミの食べ残しや飲み残しを吸っていたのです。
また、雨漏りの際に水分を補給していたらしいのです。
そこであなたは、自分の自堕落な生活に注目します。
その日から、あなたは自分の部屋を大切にするようになりました。
ゴミはきちんと分別して捨てるようになり、自炊が増えてゴミ自体も減りました。
雨漏りには洗面器などで対処し、とうとう業者の人に直してもらえました。
あなたの部屋が過ごしやすくなる度に、双葉の元気はなくなっていきます。
そして、完璧に部屋が美しくなった時。双葉は小さな実をつけてから枯れてしまいました。
もちろんあなたは喜びました、しかし怖くもありました。
また前のように部屋を汚くしたら、同じようなことが起こるかもしれない。
だからあなたは、これからも部屋や自分の生活をよりよくする努力を重ねることにしました。
そう決心したあなたは、おそるおそる双葉が残した実を拾ってみました。
その実は柔らかくて、真ん中に切れ目がありました。
そこで割ってみると、中からたくさんの種が飛び出してきたのです。
あなたは種を、プランターに植えました。
美しくなるように、丹精愛情をこめて育てます。
最初は双葉が顔を覗かせましたが、異常に伸びることはありませんでした。
かわりに先端が複雑に絡み合い、やがて蕾へと成長しました。
あともう少しすれば、立派な花を咲かせることでしょう。
その蕾を慈しみながら、あなたの日々は過ぎていきます。
そしてようやく、花が咲きました。
赤色の綺麗な花ですが、あなたはちっとも嬉しそうではありません。
「あーあー。やっと花まで成長できたわ。ちょっとあんた、人間関係に悩んでるんじゃない? 話だけなら聞くわよ」
なんとその花はベラベラと喋りだしたのです。
またひと波乱が来ることを見越したあなたは、黙って花の話を聞きました。
「母さんのおかげで更生できた人でしょ? 私は母さんのように甘くないよ」
この種を寿命まで成長させられる日が、あなたには来るのでしょうか。
それはまだ、誰も知りません。