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Infection to Progress -進行する感染-

警告

この作品には一部残酷描写が含まれています。

苦手な方はご注意ください。

朝靄(あさもや)の中、国道の脇で男が一人、バイクのシートに腰を掛けながら朝食を食べている。

男は細身で背が高いが、痩せた印象は一切与えない鍛えられた逞しい体をしていた。

髪はこぎれいな海兵隊が伸ばしっぱなしにしたような髪形で、彫りが深い精悍な顔つきと浅黒い肌が良くマッチしていた。

服装は色褪せたジーンズとエンジニアブーツ、着馴染んだ黒いレザージャケットを身に付け、いかにもバイク乗りという出で立ち。

男の名前は島津久(しまづひさし)、年齢は36歳。

島津が国防軍を除隊して約2ヵ月後、前から計画していた日本一周の旅行の旅に出たのが3月26日。

まさか、この若さでこんなにも早く除隊し計画を実行するとは、夢にも思っていなかった。

本当はもっと年を取ってからの退役後の楽しみにしていたんだがなと思いに耽る。

そして出発してから6日目の4月1日に、今までの日常は終わった。

世界中で死者が蘇り生者を喰らう地獄に変わってしまったのだ。


島津は朝食を食べ終わると、二・三回手を擦り合わせるように払ってから

シートに跨がり、スロットルを回してセルモーターのスイッチを押す。

エンジンをかけると、水平二気筒エンジンの心地よいサウンドが、朝靄の静かな町に響く。

島津の愛車は通称ウルフ 正式名称 IMZ-URAL・ウルフというバイクで排気量は750ccのロシア製のミリタリー指向の強いオートバイとして人気がある。

元々は軍用車両として開発されたのがベースで。

フォルムやデザインも最新のオートバイにありがちな近未来的なものではなく、無骨でレトロ感があるのが特徴で屈強な頑丈さを誇り、駆動シャフトやタンクには防弾性能も兼ね備えている一風変わったバイクだ。


島津が、あの日たまたま立ち寄ったキャンプ場《ふれあいの森》での生活から8日が経過していた。

昨日の夕方、管理人の臼田次郎(うすたじろう)に偵察と称して『町の様子を見てくる』と言い残し、キャンプ場を出て来たはいいが、町は死者で溢れかえっている…

死者の町だった。


「さて、どうしたものかな」

左手の親指で唇を触りながら呟く。

このままキャンプ場を、出て行くか迷っていた。

古巣の国防軍の同僚たちに、今回の事態の状況を聞きたい気持ちもあり、近くの基地を訪ねる事も考えたが、除隊した理由を思い出し首を振る。


じゃあどこへ向かう?両親や親戚が住む故郷、広島が脳裏に浮かぶ。


「無理だな

何の用意もなく無謀すぎる」

少し苦笑しながら呟く。

現在地、神奈川から広島までは約750km。

通常ならバイクで飛ばせば約10時間くらいだろうか。

だが、それはあくまで世界が今まで通りだった時代の話だ。

今では国道には、いたるところに車両が放棄され、道を塞ぎ道路はそこかしこで寸断されているだろうし、高速道路も通行は不可能だろう。

何よりも道中には、あの人間を襲い喰らう<バケモノ>どもが群れをなしてしているはずだ。

故郷が今では、あまりにも遠い場所に思えた。


「世界は、もう変わっちまったんだな」

バイクに跨りながら、ヘルメットに手を伸ばす。

だがもうノーヘルでもいい事に気が付き、交通法違反で捕まることもないなと理解する。

ふと思う。

なら窃盗・強姦・強盗・殺人などの犯罪はどうなんだ?

秩序や法が無くなった世界で、誰が取り締まるのだろう?

今まで通り警察か国家?じゃあ今その警察や国家は?

終わっちまったのかな世界は…

我ながら、あまりにもネガティブな思考に落ち入り、気分が滅入る。


「ん」

目の前から、車が1台走って来るのが視界に入った。

バイクのリアシートに備え付けた、黒いクロスボウに、手馴れた動作で矢をつがえ構える。

赤色のホンダ・フィットがどんどん近付き、目の前で停車した。

乗っているのは女が一人だけなのが、外からでも窺えたが、構えを崩さないままに相手の出方を窺う。

右の運転座席側のドアが開き、女が出てくる。


「助けてください!

避難所が<死人>に襲われて、まだ中には子供たちが」

見ると女は、白衣を羽織っていて保健の先生といったところだろうか、膝くらいまである丈の白衣にはところどころに血痕が付着し、事態の凄惨さを物語っていた。


「避難所は、どこなんだ?」

女を落ち着かせるように、質問する。


「ここから国道を東に1km程走って

右折した日向第三小学校です、私が案内します」

来た道を、指差しながら、女が答える。


「分かった」

女は救助の願いが、受け入れられた事に、安堵したのかガクンと膝が折れ、地面に両手を付いた。


「けど、案内はいらない」

案内の申し出を断ると、構えていたクロスボウの構え解き、矢をはずすとリアシートにクロスボウを戻し固定のストラップを締める。


「え?」

なぜと言いたげに目を丸くしながら、女は地面にへたっている。


「悪いが邪魔なんだ

《ふれあいの森キャンプ場》は知ってるか?」

島津は腰のダガーベルトに備えたサバイバルナイフを、確かめるように触る。


「はい、前に何度か行ったことがあります」

俺は道を説明する手間が省けたなと思った。


「じゃあ、そこに行っておいてくれ

俺の仲間がいるから、そこで落ち合おう」


「え…っと、分かりました」

邪魔と言われたのが、不満だったのか、女は唇を少し噛み、むくれた顔になる。


「あんた名前は?」


真田今日子(さなだきょうこ)っていいます

すいません、ありがとうございます」

真田は立ち上がり、一礼すると白衣のホコリを払う。


「感謝は、無事生還出来たらでいい

俺の名前は、島津久。キャンプ場に着いたら、俺の名前を伝えろ」

島津はそう真田に告げると

バイクのスロットルを大きく回す。

750ccの大排気量のエンジン音を2回轟かせると

クラッチレバーを握り、ギヤを踏み、1速に入れるとスロットルを回す。

バイクは走り出し、ギヤを2速に上げると島津の愛車ウルフはどんどん加速していく。

左のサイドミラーを見ると、真田の姿と赤いフィットが小さくなっていった。


-


昨日のショッピングセンターの地獄のような逃避行から一夜明け、キャンプ場の中央にある管理事務所の壁に掛けられた時計は朝の9時を過ぎたところだった。


「ハァッハァッ」

呼吸が苦しくて息づかいが荒くなる。

土を掘っているシャベルの持ち手を握り直し、黙々とバリケードのための土嚢袋に土を詰めていた。

松永淳也(まつながじゅんや)が小学生の低学年の頃だっただろうか、子供のときに風邪で熱が出たときには、母親がよく布団を横に並べて看病をしてくれた事を思い出していた。

少し離れた場所では田中五郎(たなかごろう)新見悠(にいみゆう)が同じように土嚢を作る作業をしている。

すると洗濯物のカゴを持って田中光江(たなかみつえ)江川典子(えがわのりこ)が歩いてくるのが見える。

江川はサークルの先輩で学内のミスコンでも2位に選ばれた美人だ。

サークル内でも狙ってる奴は多いと聞くが、俺は立花早智(たちばなさち)という同級生一筋だし、昔、新見と付き合っていたらしいと聞くと腰が引ける。


「もう大丈夫なの?

精が出るわね、きっと若いからかしらね」

まだ30歳そこそこの人妻がにこやかに声をかけてきた。

なんで、あんなデブの中年男と結婚したのかと思いながら光江を見る。

光江はスレンダーでスタイルも良く、おまけに顔も美人ときてる。

べたつく髪をなでつけ、ヒキガエルのような面の五郎とは釣り合わないなと思う。

まあ幼い娘が母親似なのが幸いだなと思えた。


「松永君、左手の包帯が血で真っ赤よ」

ぎょっとした表情で、指を指しながら江川が後ずさる


「えっぇっ」

驚き左手を見ると、昨日ショッピングセンターから逃げる時に<ゾンビ>に引っ搔かれ、車で立花が巻いてくれた包帯が血で真っ赤に染まっている。

なんでまた血が出ているんだ、少しの間ボーッとし、左手の甲と手の平をヒラヒラと、裏と表にしながら見つめる。


「もしかして、噛まれたの?」

言ってはいけないかのように、光江の声が少し震えている。


「いや、引っ搔いただけです

逃げるときに、きっとどこかで引っ搔けただけなんです」

気にしないでと右手を上げ答える。


「<奴ら>に引っ搔かれたの?」

今度は江川が、問い詰めるような強い口調でにじり寄ってくる。


「いや…棚で引っ掛けただけですよ」

顔色を隠すように俯きながら、シャベルを持ち直し中断された作業をしながら、もう聞かないでくれと言いたげに答える。


「傷を見せて、取り合えず包帯を替えましょう」

洗濯物のカゴを置き、江川が近づいてくる

視界には少し離れた場所で五郎と新見が、俺と同じように土嚢を詰める作業しているのが見えた。


どう、この場を言い訳しようか考えていると

頭の中でドックンと鼓動のような音が聞こえた。

その瞬間、自分自身も聞いたことも無いような怒りに満ちた、怒声が吐き出される。


「うるさい!放っておけよ 黙れ!!

お願いだから騒ぐな、大丈夫だから」

怒りなのか憎しみなのか、頭の中を暴力的な感情が押し寄せてきた。

どんどんその感情は大きくなり自分の意思と体が、何かに侵され支配されていく感覚に襲われる。


「新見君!

こっちに来て松永君が」

江川が呼ぶまでもなく、俺の怒鳴り声は五郎と新見に聞こえたみたいで、二人が何事かと走ってやって来る。

頭の中の鼓動はドォクンドォクンとどんどん早くなり、まるで脳が心臓に変化し頭の中にも心臓が出来たような感覚だった。

目の前がチカチカと明滅してくると、自分が自分じゃなくなる感覚がどんどん強くなっていく、焦点が定まらなくなり、自分じゃない自分が無我夢中でシャベルを振り回しだした。

どこかそれは最近ハマってやっていた、FPSゲームのキャラクターを操作しているような視覚で、けど操作しているのは俺じゃない、別の誰かが俺を支配していて動かされているような感覚だった。

これじゃまるで、出来損ないの操り人形だった。

そんなギクシャクと動く人形に、両手を前に突き出し五郎が近付いてくる。


「ガキが、なに暴れてんだ!」

毒づき凄みながら、不用意に近付いてくる五郎の姿は、昨日のショッピングセンターで俺の手を掴み、引っ搔いた<ゾンビ>の姿とダブった。

その手を振り払うように左から右にシャベルをスイングすると、近付いた五郎にシャベルのスプーン状の先端がヒットする。

シャベルを握る手に当たった感触は、ほとんどなかった。


「あなた!」

倒れる五郎のもとに、光江が駆け寄っていく。

頭にでも当たったのだろうか、五郎は右手で頭を抑えながら豚のような声の悲鳴を上げながらうずくまっている。

いい気味だいう感情と豚のような悲鳴の無様さに残忍な笑みがこぼれる。

頭を切ったのだろうか、血の匂いを鼻腔に感じると甘い匂いが、頭の鼓動を鐘のようにさっきよりもさらに強く鳴らす。


「松永、シャベルを置くんだ」

新見は警戒しながら、命令してくる。

五郎とは違い声のトーンは落ち着き、口調も冷静だが、命令に逆らうと痛い目を見るぞと思わせる凄みがあった。


「ウワァァ」

唸り声を上げながら、新見の頭、目がけてシャベルを振り下ろす。

新見は大きく右にサイドステップしてかわすと、シャベルを振り下ろしフラフラと、前につんのめった俺の背後に回る。

後ろから羽交い絞めにすると俺の手からシャベルが落ちる。


「典子、シャベルを拾うんだ」

新見が江川に命令すると、地面に落ちたシャベルに駆け寄り柄を掴むと、俺との距離を離すため後ろに短くダッシュした。


新見は羽交い絞めにした体勢から、右肩を支点にして俺の右腕を後ろに締め上げた。

勢いよく頭を地面にねじ伏せられると、顔が地面の砂地に(こす)りつけられる。

口の中を切ったのか、口中に砂と血の甘い味が広がった。


右腕が折れるのでははないかというほど強く締め上げられているのに、不思議と痛みはなかった。

舌で自分の血の甘さを味わうと、頭の中の鼓動は、限界近くまで早くなっていく、脳が焼き切れショートし、もはやその機能は失われそうになると、糸の切れた操り人形のように松永の体は、その場で倒れたまま動かなくなっていた。


新見は松永の体から力が抜けると締め上げていた右腕を離し、立ち上がる。

いつもは、その甘い顔立ちに爽やかな笑顔の青年は、冷たい表情を浮かべると

光江に抱えられながら、痛みで悲鳴を上げている五郎を、一瞥し歩き出す。


お読みいただき、ありがとうございます。

今話ではやっと島津を登場させることが出来ました。

今後の島津の活躍にご期待いただければと思います。


今話はART-SCHOOLの【EVIL】を聞きながら書き上げました。

一人でも楽しんで読んでいただけたら幸いでございます。

感想などいただけると作者も喜びます(∩´∀`)∩ワーイ

ではまた次話で!


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