Infection -感染-
警告
この作品には一部残酷描写が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
ピースマートは全国に30店舗を展開するロードサイドのショッピングセンターで、主に関東圏内を中心にお店を出展していた。
メガストアとまではいかないが240台の駐車場スペースを持ち営業時間もロードサイドにしては比較的長く深夜まで営業し近隣住民の利用客も多く地域密着型のショッピングセンターを売りにしていた。
ピースマート日向店はピースマートチェーンの中でもやや小型の規模だったが、ドラッグストア・家電量販店なども入っている複合商業施設で土日には近隣遠方からそこそこの集客がある地域では人気のあるお店だった。
ピースマート日向店というショッピングセンターの中をメモに書いてもらった食料品や日用雑貨を<ゾンビ>に見つからない様、松永淳也は忍び足で探し集め回っていた。
キャンプ場を出発する際に新見から<ゾンビ>は音に反応して襲って来るから注意しろと言われた事を思い出す。
新見というのは、入会しているサークルの2学年上の先輩でサークルの名称は文化視覚研究会という。
いわゆるマスコミ研究会といわれるものでOBには某民放のキャスター・女子アナも何人か輩出していた。
大学内でも有名なサークルで、新見はその中でもリーダ的存在で次期会長にも決まっており、そのルックスの良さからも大学でも目立つ存在で、新見目当てにうちのサークルに入ってくる女の子も多いが新見本人は余りそういった女の子達に興味を示していないようだった。
もし俺が新見の立場だったら、言い寄って来る女の子をとっかえひっかえ付き合うところで、もったいないなと思ったりする。
ショッピングセンターに一緒に物資の調達に来た
立花早智とは同学年で、サークルの新歓コンパが出会いだ。
初めて会った時から彼女に片思いし何度かデートにも誘ってみたが反応はいまいちだった。
この物資調達も内心怖かったので来たくないのが本心だったが、好きな立花が行くというので渋々付いていく事にした。
つまるところ良い格好を見せたかったのだ。
立花はドラッグストアのコーナで必要な物があるというので、そちらを見に行っている。
別行動するのは自分自身心細く不安だったし、立花の事が心配だったから反対したのだったが、彼女から
『そっちのほうが効率的だし、早く危険なこの場から立ち去れる』と言われると
『ごもっとも』としか言えず別行動で物資を集める事を受け入れた。
立花はその可愛らしい容姿とは裏腹になかなか行動力があり、その辺りも魅かれる要素かなとも思っている。
メモに書かれた物をほぼ集め終わり、日用雑貨の棚からサランラップを手にした時だった。
背後に気配を感じて背筋がビクっとし、ぎょっと身をこわばらせながら動けなくなってしまった。
「松永君、こっちは集め終わったよ」
立花が<ゾンビ>に気づかれないように、ボリュームを絞った声で話しかけてきた。
不意に話しかけられた、俺は 「ヒッ」 っと短く小さい悲鳴を上げてしまい
その口をすぐに自分の手で押さえ辺りを見回す。
「ふーっ」
と息を吐き、落ち着かせるために深呼吸した。
どうやら大丈夫だったみたいで、<ゾンビ>の姿は見えず、どこからも現れる様子は無かった。
「立花さん、驚かさないでよ…」
自分の軽い悲鳴に自己嫌悪しつつ、少し非難するように言う。
「むぅ、松永君ビビリすぎだって
そっちはどう集め終わった?」
眼鏡のブリッジを人差し指で少し上げながら、眼鏡の奥のハシバミ色の瞳が抗議の意思を示していた。
「こっちもほとんど集め終わりだから、ちょい待ってって」
サランラップを3個手に取り、今回のキャンプ旅行のために奮発して買ったTHE NORTH FACEのロゴ入りのリュックに詰めると集められた物資でパンパンになっていた。
物資で重くなったリュックを背負い、その重さに物資調達の達成感に浸っていると、ショッピングセンターの出口側から2体の<ゾンビ>が低い呻き声を上げながら歩いてきていた。
ウゥゥゥ アウゥゥゥ
唇から黒い液体を垂らしている青年は右足を引きずりながらヨタヨタと歩いており、破れた袖から出ている細い腕には噛まれた後なのだろうか傷だらけで骨が見えていた。
もう1体は顔をふくらませたデブ女で、きっと夕食の買い物でもしに来たときこの事態に遭遇して<ゾンビ>になってしまったのかと思うと不憫だった。
きっと家では待っていた家族もいただろうに…
「<奴ら>が通り過ぎたら出よう」
栗色の美少女が顔を近づけ耳元で囁くと、非常事態なのにドキッっとしてしまい、慌てて首を縦に振りながら肯定のジェスチャーで返事をする。
<ゾンビ>が奥の方に消えるまで5分程待ったところで、立花が肩を叩きショッピングセンターを出る合図をしてきた。
その合図に応える様に頷き体を右に方向転換すると
ガッシャーン
という音が静まり返ったショッピングセンターに響いた。
方向転換した際に背負っていたリュックが棚に当たり、陳列されていたワインボトルが落ちた音だった。
ワインボトルはショッピングセンター特有の石質系床材に砕け散り中身をぶちまけ、ワイン特有の匂いが辺りに広がり鼻についた。
「走るよ!」
立花は短く言うとショッピングセンター内から逃げるため、もう先を走っていた。
俺はあまりの大きな音と、起きた事態に茫然自失で棒立ちになっている。
「ごめん待って」
と震えて言葉にならない声が出る。
その早い行動に置いてかれそうになり慌てて立花の後を追いかけ走る。
ガァアッ ルルァァ アウゥ ウアアグ ガフ ンンゥ グラァ ラァングッ
グワァッ アアッ ガルルルゥ ハムンゥ
ショッピングセンターに巣くう<バケモノ>が、そこかしこから音に反応し唸り声や雄叫びを上げて出てきていた。
汚れた警備員の制服を着た大柄な男 長細い痩せた体に歯をむき出した女 老けたデブ男 顔が崩れてカビ色に染まった子供 様々な<ゾンビ>がどれも自分たちを物欲しそうに追いかけて来ていた。
「キャーーー」
変わり果てた醜悪な動く死体の群れを見て立花が悲鳴を上げる。
「来るなー、来るなー」
<ゾンビ>どもを振り払いながら逃げ、ショッピングセンター出口手前で、血まみれのジョージ姿の少年が細い腕を突き出してきた。
振り払った手を一瞬掴まれ左手の甲を引っ搔かれたが、右足を前蹴りのように突き出し少年を押しのける。
ショッピングセンターの出口を出ると、陽の光が目に入った。
左手に男の姿が見え、一瞬<ゾンビ>かと思ったが手を振りながら声を上げていた。
「早く乗れ、乗るんだ!」
少年の声が駐車場に響く。
右手奥の駐車場に停めた、新見から借りた車FJクルーザが目に入った。
借りた車を放棄し置いていく事に罪悪感と後で新見から怒られる危惧が脳裏をかすめたが、今はもう助かる事だけを考え少年の車へ走っていた。
先を走っていた立花が少年の車の右後部座席に入るのが見えた。
「助けて、助けて」
逃げ込むように開いている左後部座席に体を頭から滑り込ませようとすると、一瞬で何か強い力に後ろから掴まれ地面に引き倒されたように感じ仰向けなると視界一杯には夕焼けに染まった空が見えた。
後ろからは<ゾンビ>どもの唸り声が聞こえている…
自分は<バケモノ>どもに喰われながら、ここで死ぬんだと思い意識がどんどん遠のいていった…
-
時間は夜の21時を回ったところだ。
夕食を済ませ、管理事務所のベッドで寝ている松永の付き添いのために、江川典子がここに来てから10分ほど経ったところだろうか
寝ている松永淳也の顔を見る。
切れ長の目元に茶髪の前髪がかかり痩せた頬には薄く無精ヒゲが生えていた。
彼もあれ以来ヒゲは剃っていないようだが、まだヒゲが生え揃うには幼さが残る青年だ。
ショッピングセンターから逃げる際に怪我をした左手には包帯が巻かれているが、軽傷なようで、とにかく立花とともに無事に二人が帰ってきた事が嬉しかった。
二人を助けてくれた鳳の事を思い出すと少し頬の辺りに熱を感じる気がする。
お礼をしたときに握手した鳳の手は白く指も細かった。
長めの黒髪で顔も手と同じように白く、長いまつ毛に縁取られた眼で見られると思わずドキッとしてしまう美しい少年だった。
今ごろ食堂では鳳の紹介とおそらく外の様子を話してくれている頃だろうと思うと参加出来ないのが残念だった。
「ヤ…ロ タ…テ」
そんな事を考えていると松永が意識を取り戻したのか寝返りを打ち、寝言なのか言葉にならない声を発した。
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自分は死んだはずなのに夢を見ていた。
片腕が無く唇から血を滴らせている少女 血まみれのオーバオールを着て、ずぶ濡れになったようなデブ男 黒くねばついた口を顎の関節がはずれたかのように口を広げている女 醜悪な様々な姿の<ゾンビ>に生きながら喰われている夢だった…
必死で抵抗し助けを求めたが、いつしか喰われた死体の自分も<ゾンビ>になっていた。
「マツナガ まつなが 松永 くん」
女の人が呼ぶ声が聞こえ意識がだんだんと戻って来る。
さっきの悪夢が頭の中で夢だったと確信出来ると恐る恐る目を開け、先輩江川典子の顔が眼に入る。
生きていた安堵感で涙が溢れ止まらなかった。
涙を拭おうと左手を上げると包帯が巻かれており、左手の甲に火傷のような熱傷の痛みを感じていた。
前話から大分日数が経過しての投稿になってしまい申し訳ございません。
この小説の中でゾンビの呼称は登場人物やその時々によって
<死人><奴ら><ゾンビ><バケモノ><グール>など様々に呼ばれています。
今話はNirvana-Unpluggedアルバムを聞きながら書き上げました。
一人でも楽しんで読んでいただければ幸いでございます。
感想なども頂けると喜びます(∩´∀`)∩ワーイ
ではまた次話で!