Encounter -出会い-
警告
この作品には一部残酷描写が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
国道を東から西に車が走っていた。
車種はマークⅡワゴンという名称でX70ベースのちょっと懐かしい年式のものだ。
後部座席がフルフラットになり車内スペースを用途により広く使用できるのが特長なのと角ばったフォルムが懐かしく年式の古さを感じさせる。
大人しめのヘアースタイルに黒い髪、やや長めの前髪の下には柔和な目元と線の細い輪郭。
ボーイッシュな女性に見間違われかねない容貌の少年がその車の運転手だ。
少年の名前は鳳武流。
今では世界に数少ない生存者の一人だった。
ガソリンの給油メータを見ると、ガス欠寸前だった。
どこかでガソリンを補給しなければと、思っていたが車を止めることが出来ずにいた。
<死人>の群れの襲撃があるかと思うと。
車を停めガソリンを補給することが出来ずにいたからだ。
今日は4月7日の午後3時だが日付にはいまいち自信がなかった。
日時の感覚がちょっと麻痺しているのかとも思う。
今のところ、僕がこの一週間での経験や少ないメディアからの情報で知りえた。
<死人>について知っているのは、<死人>は聴覚が発達していて。
まず音に反応して生者を探し追跡する。
そしてある程度生者の近くまで来ると嗅覚で生者と死者の匂いを嗅ぎ分け生者に喰らいつき貪り喰うということだった。
視力はおそらく無いに等しく。
また体が腐っているからなのか動きは遅く。
数体の<死人>なら走ってかわし逃げる事も可能なように思える。
<死人>の弱点は頭部で斃すには頭部=脳を破壊しなければいけない。
不確かでもいいから、つくづくこんなことならもっとゾンビ映画を見て。
色んな事を知っておけば良かったと悔やんでしまった自分に苦笑してしまう。
けど一番大事で知りたい情報。
なぜこの世界で死者が蘇り<死人>になり生者を喰らう。
まるでゾンビ映画のような世界になった原因がまだ僕には一切分からなかった。
最初は新聞・テレビニュース・ラジオ・Twitter ・インターネット放送。
あらゆるメディアがこの緊急事態を24時間取り上げ垂れ流していた。
けど二・三日でメディアからの発信はなくなっていき一週間が経った今ではあらゆるメデイアは沈黙していた。
4月1日、初めてテレビのニュースでこの緊急事態を知らされた時のことを思い出す。
緊急ニュース速報のテロップとともに
【街中で人が襲われています。
屋内に居る人は外出しないよう戸締りをし屋外に出ないようにして下さい】
するとテレビ画面には、その局の良く見る女性ニュースキャスターが現れ。
切迫した表情で先ほどのテロップと同じような内容を繰り返し
【中継が入りました】
と告げると画面が切り替わり東京の都市部のどこかの駅前が映った。
そこには暴徒を鎮圧する警官隊の姿と暴徒に襲われる人々の悲鳴と姿があった。
テレビでは最初テロの可能性がを示唆していた。
僕は単純に日本でもこんな事が起きるんだと驚いた。
けど映し出される暴徒の人たちからは人間らしからぬ異様さを感じたのをはっきり覚えていた。
そんな事を考えながら車を走らせている。
すると待望のガソリンと生活必需品を補給出来そうな場所を見つけた。
ロードサイドのショッピンングセンターに10数台の車が放置されていた。
ここなら車がまとまって駐車されているから短時間で満タンに出来る。
だが問題は<死人>がいるかもという危険性だった。
これまでの経験だと。
おそらくショッピングセンターの中では<死人>がわんさか徘徊しているだろう。
食料・生活必需品の補給もしたいが。
まだ5日ほどは持つくらいの備蓄はあったので目的をガソリンに絞り行動をすることに決めた。
ショッピングセンターの駐車場に車を駐車した。
エンジンを切り助手席に置いてある金属バットを強く握り締め後部座席に移動した。
ショッピングセンターの入り口を凝視していると。
案の定、車の音を感知した2体の<死人>がヨロヨロと呻き声を上げながら出て来た。
ウォォォーーン ガァガゥゥ ウァァァウウゥゥゥ
僕の車に近づいて来た。
何度かこの方法をやってきたが何度やっても恐怖で慣れることはなかった。
破れた袖から傷だらけの細い腕を突き出し歯を剥き出しにした男性の<死人>が車の窓を獲物の存在を確かめるように亡者の指で引っ掻き。
中年の女性の<死人>は車自体が食べ物と思っているのか口が引き裂かれるほどに顎を開き。
車に歯を立て喰いついている。
<死人>に視力がほとんどないことを確かめることが出来てから。
この方法で<死人>との遭遇をやり過ごしていた。
腕時計を見ながら。
5分が経過した頃、2体の<死人>を見る。
車が食べれないと気づいたのか、さぞ不満と呪詛の言葉を言いたげな風でクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をしつつショッピングセンターにヨロヨロと戻って行った。
2体の<死人>がショッピングセンターの中に入ってからも5分程経過したのを確認してから。
用意していた給油ポンプとポリタンクを持ちゆっくりと静かに運転席のドアを開け。
自分の車に近い車から給油レバーを引き給油口を開け。
ポリタンクの中に給油ポンプを使いなるべく音を立てないように急いでガソリンを入れて行った。
心の中で早くガソリンで一杯にするんだと言い聞かせ。
作業の合間もショッピングセンターの入り口に警戒の目線を定期的に送り。
<死人>の気配に注意していたが出てくる様子はなく。
ポリタンクの中身が半分ほど貯まり3台目の車の給油レバーに手をかけようとした時だった。
ショッピングセンターの中から。
「キャーーー」という女性の悲鳴
「来るなー、来るなー」と叫びながら入り口から出てくる。
20代前半位の男性が見えた。
その二人の後ろからは数十体の<死人>の群れが唸り声を上げ歯を剥き出しにし。
あるものは獲物を捕まえようと湾曲し折れ曲がった腕を前に突き出し。
二人の後を追いかけて来ているのが見えた。
「ウソだろ」と呟き一瞬だが、<死人>の数の多さに我を忘れてしまった。
僕はもう少しで一杯になるガソリン補給を中断されることに少し苛立ち。
急いでタンクの蓋を閉め自分の車に走って向かう。
出てきた二人が僕の車に走って来るのが見えた。
マジかよと心の中で呟くと、気持ちを切り替え二人に向かって叫んだ。
「早く乗れ、乗るんだ!」
出来る限り大きな声で叫ぶ
その声に気づいた数体の<死人>が僕を見たような気がした。
二人は必死に走って来ていた。
僕は助手席にガソリンの入ったポリタンクと給油ポンプを投げ入れ。
エンジンを掛けると。
後部座席の左右のドアとロックを開ける。
二人は中身がパンパンになったカバンを女性のほうが肩がけに持ち。
男性がパンパンになったリュックを背負っていた。
<死人>は襲撃の際は獲物に喰らいつき肉を貪りたいがため。
叫び声にも似た獰猛な雄叫びを上げ
もはや食欲という本能のみが残った腐敗した体を引きずりながら二人を追いかけていた。
腐敗した体の動きは鈍く二人は<死人>との距離をショッピングセンターの入り口のときよりも少し離ししていた。
右の後部座席のドアから女性がカバンを投げ入れる形で車内に逃げ込み。
その際に慌ててしたたかに車内の天井に頭をぶつけ ゴツッという嫌な音がしていた。
男性のほうも左の後部座席に頭から滑り込もうとしていた。
「助けて、助けて」
男性は悲鳴を上げている。
見れば涙で顔はグシャグシャになっている。
男性が車内に逃げ込もうとした瞬間だった。
男性の体がまるで逆再生の様に車外後方に投げ出されていた。
投げ出された勢いでアスファルトの地面でしたたかに後頭部を打ち付け
脳震盪でも起こしたのか体は車内に逃げようとしているが体が痙攣し
小刻みに震え口が何かを言おうとパクパクしていた。
その姿は子供のころ釣ったフナを連想させた。
後方に飛ばされた理由は勢いよく車内に逃げ込む際
背負っていたパンパンのリュックが車の天井にひっかかり反動でそのまま後方に投げ出されたようだった。
「早く、早く車を出して」
女性は泣き叫び懇願していた。
だが、まだ一緒にいた男が車外でプルプル震えている。
僕は向かって来る<死人>の群れの先頭と自分の車の距離を確認すると。
助手席に置いた金属バットを強く握り締める。
勢い良く車外に飛び出し、男性の所まで走りリュックを掴む。
必死に男を車内に入れようと引きずり男の上半身が入った時だった。
群れの先頭にいた。
ブランドもののロゴが入ったTシャツを着て
喰われて両腕が失われた<死人>が口を大きく開き
歯を剥き出しにして男性に喰らい付こうとしていた。
僕は後方から<死人>の頭部目がけて勢いよく渾身の力を込めて金属バットを右スイングした。
グチャッボギャ ガーン
<死人>の頭部が砕け脳漿が飛び散った。
金属バットに確かな手ごたえを感じたが同時に勢い余って車体を叩いた感触が伝わり手が少し痺れた。
「早く、中に入れるんだ」
泣きながら車内にいる女性に怒鳴ると僕は運転席に乗り込んだ。
見ると女性は泣きながらではあるが男性の右腕とリュックを掴み必死に車内に入れようとしていた。
その姿を確認してから。
「しっかり、そいつの体を掴んでいろ車を出すから」
力強く僕は女性に声を掛ける。
アクセルを目一杯踏み込むと車は急発進し向かって来ている。
血まみれのボロボロになったシャツをまとった、汚らしい髭だらけの初老の男性の<死人>を車で吹飛ばした。
群れを避けるため左にハンドルを切った。
男性が遠心力で車外にに放り出されないことを祈った。
続けてショッピングセンターの駐車場の出口に向かって右にハンドルを切った。
この時点で男の下半身はまだ車外に出ていた。
女性が必死になって男性の体を掴み車内に引き込もうとしていた。
おかげで男性は放り出されず。
無事ショッピングセンターの駐車場を抜け出すことが出来た。
<死人>の群れは唸り声を上げ僕の車を追いかけてきていた。
だが徐々に距離は離れて行き、その姿は見えなくなっていった。
ひとまずは危機を脱した。
僕は安堵に胸を撫で下ろし呼吸を整え緊張していたため貯まっていた息を一息吐いた。
「ありがとう」
少し掠れた泣き声交じりの声で女性が僕に感謝の言葉を伝える。
バックミラー越しに女性の顔を見ると年齢は二十歳そこそこで自分と同じ位に見える。
まだ少し幼さが残る卵形の輪郭に栗色のウェーブしたセミロングの髪がかかり
容貌は目鼻立ちも整い眼鏡をかけていても分かる美少女である。
スタイルはカジュアルな服装だが、魅力的でスポーティな肢体を持っているのが見て取れた。
上にはカーキのパーカを羽織りキャンプ場に遊びに来た大学生という感じだった。
「私、立花早智と言います」
立花は先ほどまで泣いていたせいか少し頬が紅潮しているように見える。
するとバックミラー越しに目が合い僕も慌てて自己紹介をした。
「鳳って言います、鳳武流です。はじめまして」
少し咳き込みながら僕は名前を告げた。
お読みいただきありがとうございます。
次回も書き上げ次第投稿いたしますので、お読みいただければ幸いでございます。
では次話で会いましょう!