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フェイクファー

 ぼくが猫になってからおよそ一年経った。一年前はなかなかの絶望感を味わっていたものだが、今となっては猫の生活も悪くないと思えるくらいに慣れた。猫という動物は不思議なもので――あるいは他の動物もそうなのかもしれないが――相手が猫であるなら目に見えるコミュニケーションを特にとらなくても、相手の言いたいことがわかるのだ。かといって思考を読めるというわけではなく、お互いにコミュニケーションをとる気がないと意思疎通はできない。それは人間と同じだった。

 色々な猫と出会い無言の会話を交わすと、驚いたことに元々人間であったという猫がほとんどだった。どうして猫になったのか、という疑問の答えは誰もしらなかった。だが、全員に共通していたのは、悲しみに明け暮れていたら猫になっていた、ということだった。どの猫もなんとなく、それが原因だとわかっていたと思う。先入観のせいかもしれないが、どの猫からも哀愁のようなものを感じたし、お互いに踏み込みすぎないように気をつけているようにも見えた。人間だった頃に猫から知性やある種の社会性をなんとなく感じていたが、今ならその正体が明確にわかる。猫は人間なのだ。

 そしてやはり、人間だった頃のことを思い出してあの頃に戻りたいと思うこともある。他の猫たちにもそう思う者がいるだろう。彼らはそれぞれ猫になるまでの悲しいストーリーを持っている。中にはそれまで幸せなストーリーを歩んでいたが故に、訪れた悲しみに幸せとの落差を感じさせられ打ちひしがれていたものもいる。ぼくもその一人である。当時ぼくには交際していた女性がいて、幸せな日々を送っていた。しかし、ぼくは彼女を許すことができず、別れることになった。別れたのは自分の選択であるし、悲しそうに振舞うのはぼくの選択を自ら侮辱することだと思ったので平静を装って生活していたが、やはり悲しみは消えることなく、ぼくは猫になった。

 彼女は何も理解しなかった。まだぼくたちが出会い交際を始めてから間もない頃に、そのことに気づくきっかけとなった出来事があった。ぼくの部屋に彼女を招き入れ、二人でテレビを見ているときだった。テレビではホストクラブに通っていた女性が、ホストに結婚を匂わせるような言葉をかけられ、仕事をやめてプロポーズしたら断られたので訴訟を起こす、といった内容の話がバラエティ番組で紹介されていた。そんな間抜けな話があるのかと見ていたら、彼女は「ひどい男。訴えられてもしょうがないじゃん」と言った。確かに訴訟を起こした女性の気持ちもわからなくはない。だが、それは心の内に文句としてしまっておくべきで、行動にして表すべきではない。だから、彼女の言葉を聞いてぼくは絶句した。これが彼女に対して抱いた最初の不信感だった。

 さらに、彼女に価値の話をしたときにその不信感は大きくなった。その日はぼくが所属しているバスケットボールクラブの週一回の練習日だった。いつものようにぼくが出かける準備をしているときに、彼女から電話があった。彼女は今から服を買いに行くから一緒に来てほしいと言った。ぼくはそれを断った。すると彼女は「私と行く買い物とクラブ、どっちが大事なの?」と声を強めた。物事の価値というのは、状況や見地によって大きく変化するものだし、一概にいえるものではない。それに、どちらかを選択すれば選択されなかったほうの価値が常に低くあり続けるわけではないし、彼女と二度と買い物にいけなくなるわけでもなかった。そして今、ぼくはクラブに行きたかった。当然、クラブに行きたいと答えるだけで彼女が納得するはずはないだろうと思ったので、ぼくにとってのクラブの重要さと、そのクラブに行く機会というのは少なく、今はその少ない機会であるということを伝えると、彼女は「じゃあクラブのほうが大事なんでしょ」と怒鳴った。このままではまずいと思い、価値が変化するものであるということをたとえ話などを使って説明すると彼女は「知らないよそんなの」と言った。正直なところ、ぼくはかなり愕然とした。彼女はぼくの話を聞いてすらいないのだ。ぼくたちは会話もできないのか、と思った。練習開始時間も迫っていて、ぼくは「もう練習に行くから」といって通話を切った。ぼくはそんな気持ちを背負ったまま、クラブで練習をした。ある種の恐怖が体から離れず、思うような練習はできなかった。

 彼女はしばらく不機嫌だったが少しずつ元に戻っていって、一緒に映画館に行けるくらいにはなった。映画館の帰りに、ファミリーレストランの駐車場に車を止めて、車の中でしばらく話をした。過去の恋愛についての話だった。高校生の頃の片思いをお互いになんとなく話した。彼女は当時の自分の恋愛について、ストーカーまがいのことをするくらい好きだったといった。感情の程度を表す方法として行動を挙げるというものがあるが、それは例えでしかなく実際のところ行動とは形でしかない。そのあとの彼女の話を聞くと、どうやら彼女は行動は感情の程度そのものであると信じていたようだった。やはり彼女は程度と形の区別もつかなかったのだ。だがぼくはそのことをあまり気にしないようにして、なるべく楽しく過ごした。そのまま彼女はぼくの家に来て泊まり、また恋愛の話を少ししたあとに初めての性行為をした。恋人と一晩を共に過ごすという状況に気持ちが盛り上がっていたのだと思う。彼女は痛がったが「続けたい」と言ったので、ぼくは彼女への痛みが小さくなるよう、ゆっくり動いた。緊張感の中、ぼくたちは性行為をしたといえるくらいには行為を続けた。

 性行為を終えてベッドに二人で横たわっていると、文秋はいつも冷たいと彼女が切り出してきた。買い物とクラブの話を引き合いにも出された。「私のことを大事に思ってくれてるなら、もっと大事に扱ってほしい」と彼女は言った。ぼくは彼女の言葉に対して「ぼくは君のことを大事に思ってるよ。それが見えなくても信じていてほしい」といった。ぼくは恋愛とは価値を許しあうことだと考えていた。だから、基本的にはお互いの行動を尊重して、気持ちを汲みあうことが大事だと思っていた。だが、やはり彼女は感情は必ず行動に表れるものだと信じていた。彼女は「どうして男は嘘ばかり言うの」といった。男は、という言葉にぼくは心を痛めた。彼女はぼくという人間を見ていたのではなく、男というフィルターを通して斉藤文秋を見ていたのだ。

 しばらくしてぼくは考えてみたが、性行為をすることは愛を確立する儀式だと彼女は思っていたのだろう。言葉にして尋ねれば彼女はまた「わかんない」と答えただろうが、少なくとも感覚的に信仰のようなものを持っていたと思う。そういった感覚的信仰は他にもたくさんあり、それらこそがぼくと彼女の間にあった一番大きな亀裂だったようにも思える。そして彼女は性行為をしたあとに、そんなことも知らず愛を確立したようなつもりで思い切ってぼくについての話をしたのだ。

 それでもぼくたちは別れた。ぼくたちはあまりにも許しあえなさ過ぎた。ぼくたちは他愛のない話をしているだけでよかったのに、世界の成り行きはそうさせてくれなかった。別れを告げるときに、自分たちの違いと、このままではいけないということを説明し、ぼくの非寛容さを謝った。結局、ぼくは彼女の価値を許すことができなかったのだ。今後許しあえる自信もなかった。このまま彼女はまた同じことを繰り返すかもしれない。性行為をしては裏切られるように別れるかもしれない。それでもぼくは彼女に幸せになってほしかった。そして結局何も与えられなかったぼくは邪魔でしかなかった。彼女は「わかんない」といったが、ぼくはもう謝ることしかできなかった。彼女はぼくの知らないところでぼくの知らない男と出会い、ぼくの知らない場所で暮らし、ぼくの知らないところで死ぬのだろう。ぼくは彼女にもう会うことはできない。それでも、彼女が幸せになれる可能性があるのなら、ぼくはその可能性にかけたかった。それはぼくのわがままであった。そのわがままがどこへ向かうかぼくにはわからなかったが、わがままがすれ違うよりは違う方向へ向かったほうがましだと思った。

 そんなことを思い出していたら、ぼくは彼女をもう一度見たくなってしまった。彼女はその後どうなったのだろう。少しためらったが、ぼくはもう猫であるし会ったところで何を期待できるというのだろう。ぼくは塀を伝って、彼女の部屋の前に行った。だが、彼女の部屋には彼女はおらず、窓縁で猫が涙を流している姿しかなかった。彼女に会えなかったのは残念だが、これもしょうがない。それにしても、涙を流す猫を見たのは初めてだった。もしかしたら、人間から猫になって間もないのかもしれない。この猫が現実を受け入れ真実を知るには、世界を理解し心を開く必要があるだろう。そうしなければ、猫たちの社会を生きていくことはできないのだ。ぼくは偶然見つけた涙を流すこの猫になぜだか生きていてほしくて、イワシの煮干しを猫の前に置き、町の中に戻っていった。

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