猫のような
ふと涙に濡れた視界を持ち上げると、部屋の外で猫が私を見ていた。イワシの煮干しを銜えたその姿はなんだか間抜けで、少し笑みがこぼれた。だがすぐに悲しみを思い出してしまい、また涙がこぼれた。
先日、交際していた敦志に別れを告げられた。私が交際をした二人目の男性で、前回の彼氏である文秋よりも強く好きになれた人だ。だが今回もまた別れを告げられ、別れた。敦志も文秋も謝りはしたが、別れの本当の訳を教えてくれなかった。どうして男はそんなに身勝手に恋を扱えるのだろう。どうして男は簡単に謝罪するのだろう。男は女の気持ちがわからないのだ。
まだ私の心は敦志にあった。彼は私のことを考えてくれていたし、大事に扱ってくれたと思う。私だって彼のことを考えたし、大事に扱った。性行為だってした。それでも別れは突然に、また一方的にやってきてしまった。私は不公平に扱われる運命なのかもしれない。どうして私だけ悲しまなければいけないのだろう。
私の中で色々な「どうして」が駆け巡る。この疑問に誰か答えてくれないだろうか。誰にこの疑問をぶつければ答えてくれるだろうか。敦志、どうして。
ふと、文秋の顔が思い浮かんだ。言い訳ばかりをして私に怒られ、困った顔をしている文秋。彼ならどういう言い訳をするだろう。そう思って考えてみたが、彼の言い訳はまったく思い浮かばなかった。敦志ならきっと「別れた方がお互いのためになるから。ごめん」とひたすら言うだろう。でも文秋だったら何というのだろう。
それから文秋のことが気になって、文秋に関する色々なことを思い出そうとしてみた。二人で映画館に行って、映画の感想を言い合った。ファミレスに行って、安くて定番のメニューを食べながら笑い話をした。帰りの車の中でお互いの過去の恋愛について暴露しあった。文秋の家に泊まって、一晩中話をした。そんな日を思い出した。何をしたのか、ということは思い出せる。でも、彼が何を言っていたのかはまったく思い出せなかった。思い出せないのは、別れてから一年も経つせいかもしれない。いや、きっと敦志のことを好きになりすぎたせいだ。
顔をあげると、猫は窓縁まで歩いてきて私の目の前にきた。猫は私の顔をじっと見たあと、私の前にイワシの煮干しを置き、どこかへと歩いていった。男は猫と同じ。そして猫も男と同じだ。容姿で誘って、たまに甘えて、ふっと私の前から去っていくのだ。それに、私はイワシの煮干しが苦手だったし、ましてや猫が銜えていたものなんて食べられないし、涙も全然止まらなかった。女の悲しみは果てない。私はイワシの煮干しを窓の外に払って、ベッドの中で丸くなった。




