その3
深い秋になりつつある。
時折吹く風は冷たいけれども、まだすべては落ちていない木の葉の色を楽しみながら、歩く。
森林公園の、雑木林を散策するコースだ。
お弁当持参はすっかりキマリゴトめいていて、本日は朝から一緒に作った。
つまり、前の晩から昭文のアパートに居たってことだ。
やっぱり夜中に目を覚ましちゃうのだけれど、隣に眠っているのが昭文だと確認すると、眠りの続きが訪れた。
今に連続して眠れるようになると思う。
ただ、昭文が使っているセミダブルのマットは狭い。
空が高い。やっぱり昭文には、空が似合う。
仕事の悩みはちっとも解決していないみたいで、時々とても寂しい顔をする。
あたしにはどうしてやることもできなくて、だけど、ひとりでそんな顔をさせたくない。
あたしを膝の中に抱えて大きな溜息を吐く姿は、頼りなくて愛しい。
あたしにできるのは、その厚い胸に寄りかかっていることだけだけれど。
「あの子、転園するんだ」
昭文の悩みの原因の子供の話だと思う。
「離婚することになって、母方の実家に行くみたいだ」
昨晩は言わなかったことを、急に話し出したのは、外の開放感だろうか。
「夫婦喧嘩を見せつけ続けるのも、虐待のうちなんだよ。しかも両方からお互いの悪口を、子供に吹き込んでたらしい。とっとと別居しちゃった方が良かったのに、子供のためとか言って同居続けやがって」
吐き捨てるように言う。
「子供が壊れかけてるのに、俺は何もできない。無力が身に沁みたよ」
「あたしね、その子が昭文の受け持ちで良かったと思う」
空を見上げながら、言った。
「昭文が心を痛めてたの、その子にちゃんと伝わってると思うよ。昭文は味方だって、ちゃんとわかってると思う。子供って、敏感だもん」
お弁当の入ったバッグを下に下ろした昭文が、あたしの腰を掬う。
ああ、また子供抱っこされちゃった。いい加減にして欲しいな、これ。
「捕まえたぞ」
「何?」
「捕まえた。逃げられると思うなよ」
えーと。落ち込んでたんじゃないんですか。
「ひとつくらい、思い通りになったっていいだろ」
ひとつくらいって、もうすでに、いくつものことを思い通りにしてる気がするんですが。
でもいいや。あたしの言葉で、ちょっと気分が変わったんだとしたら、あたしも嬉しい。
・・・捕まっといてやるか。