その2
「保育園で、子供の虐待の疑いを持ったときって、どうすると思う?」
「えっと、まず親に事情を・・・」
「虐待してる親が、虐待してますなんて言う例は、稀だ」
目の前で膝を抱える昭文は、大きな身体をもてあますように足をきゅっと身体に引きつけた。
「主任保育士と園長に相談して、気がつかないフリをするか、児童相談所へ通報するんだ。親が話を聞きそうな相手なら、それとなくカウンセリングを紹介する。それだけ」
「それって、その後そっちが対応してくれるってこと?」
「うん。本人に自覚があれば話は早いんだけど、あからさまにネグレクトだとか傷があるとかじゃない場合、対応は遅い」
「それ以外に何かあるの?」
「まあ、本人には自覚のない虐待ってのもあるわけさ。詳しく話したくはないけど」
何か、見つけちゃったんだ。
子供が傷ついている部分を見つけて、それで悩んでるのか。
「保育士の配置人数ってあるんだよ。公立は補助が入って恵まれてるけど、4歳児は30人に1名。それを過不足なく保育するには、ひとりにだけ関わるわけにはいかない。だけどな」
ああ、苦しそうだ。
「どんどん表情が消えていく子供がそこにいるのに、俺はどうもできない」
泣いてる。涙を流しているわけじゃないし、声を立ててるわけでもない。
でも、昭文が泣いているのがわかる。
手を貸したいのに、何かしたいのに何もできない。
昭文を助けたくても、あたしも何もしてやれない。
大きな背中。あたしが乗ったってビクともしない背中は、あたしの短い腕じゃ抱えきれないかも知れない。
でも、あたしは今、こうしたい。
膝を抱えて丸まった昭文の両肩から、腕をまわした。
どうやっても体重が載っちゃうけれど、これであたしの気持ちが伝わるといい。
昭文が泣くんなら、一緒に泣いてあげる。
あたしにできることなんて、本当にそれしかないけど。
「ごめんな」
「ううん。話、聞けて良かった」
これだけのことで、あたしは自分の心に確認ができたことを知った。
昭文と生きていこう。