その1
会った時から、昭文の様子はおかしかった。
普段ならあたしに合わせる歩調が、なんだか中途半端に自分のペースだ。
顔、作ってる。
その程度に、あたしは昭文の表情を見ることに、慣れてきてるわけだ。
「何か、あった?」
「何が?」
シネコンで映画を見て、ロビーに立つ。
「なんか、イマイチだったね」
「そうか?」
すっごく上の空の返事で、これからご飯を食べて帰るまで、昭文は一日中作った顔をするんだ。
そう思ったら、我慢ができなかった。
「帰ろう」
「なんだ、買い物したいとか言ってなかったか?」
「要らなくなった」
何か言いたげな昭文を促して、車に戻る。
「昭文、何か我慢してるんでしょう?」
あたしの顔をしばらく眺めていた昭文が、「いや、別に」と呟く。
普段の皮肉っぽい口調も、ニヤニヤ笑いも出ない。
「何かあったんなら、言ってよ。仕事のこと?」
「言っても仕方ない。しかるべき人には相談してるし」
確かに、あたしには保育園のことなんて、わからない。
わからなくて、何にも力になれないんなら、本当は聞いても仕方ないんだ。
だけど、しかるべき人には相談ができて、あたしには弱音も吐かない。
そんなの、悔しい。
あたしよりも昭文の感情に近い人がいるなんて、悔しい。
「わかんなくても、言ってくれたっていいじゃない・・・」
あ、まずい。泣きたくなってきた。
「まさか、静音がそんな顔すると思わなかった」
「そんな顔?」
「心配してくれてんだな、ごめん。悪いな」
今、昭文の肩越しには青い空は見えない。
ふっと歪んだ昭文の顔に、彼が思いの外、持ち重りのする感情を抱えていることに気がつく。
「箍が外れそうだ。責任取ってくれ」
アパートに引き返す道の途中、歯でも痛むような顔をした昭文は、なんだか頼りなかった。