その5
夜中に何度か目を覚ました。
蹴っていい、と言っていたけれども、腹は立たなかった。
隣の布団に移動はしたけれども。
目を閉じると昭文の太平楽な寝息が聞こえ、それが「俺はまったく警戒してないし、気も遣ってない」と言っているようだと思う。
多分あたしだけが、自分自身を堰き止めてる。
甘えて頼りきりたい自分と、自分の感情を無防備にさらけ出したくない自分の、線引きができてないんだ。
両方の部分があたし自身で、普段ならばそれを私用と公用に分けていられるのに、昭文に対してだけ、それができない。
だから常に不安定で、迷っているようなことになっちゃうんだ。
次に目を覚ましたらすっかり朝で、寝返りをうったら布団の中の昭文と目があった。
「おはよ。蹴られなかったな」
「おはよ。蹴っても起きなかったよ」
「嘘?」
「嘘」
少し無精ひげの浮いた顔。
よっしゃ、と声をかけて、昭文が上半身を起こす。
浴衣が肌蹴て、帯だけがお腹に巻きついてる。
あたしも慌てて自分の浴衣を、布団の中でもそもそと直した。
洗面所の鏡に向かって、浮腫み具合をチェックする。
うん、水でパッティングすれば大丈夫なレベルだ。
自分がおそれていたよりも、よく眠ったらしい。
朝ご飯は食堂に出ることになってる。
とりあえず、着替えて部屋の外にでる支度をすることにする。
「こっち見ないで!向こう向いて着替えなさい!」
「冷たいなあ」
たくましい背中を向けた昭文が、シャツに頭を通すのを見ていたのは、あたしの方だ。
ああ、子供たちがぶら下がるの、理解できるな。
こっちにおいでって差し出してるみたい。
差し向かいで朝食を食べて、朝からの食欲に感心したりする。
「おかわりは?」
迷いなく渡されるお茶碗に、ご飯を注ぐ。
あたしの食べきれないお魚も卵焼きも、全部熊のお腹の中。
「さて、今日は何しようか」
「適当に走って、良いところがあったら止まろう。ノープランで」
その提案が気詰まりじゃないのは、プランなしでも昭文とならば不愉快にはならないと、知っているから。