その4
部屋に戻ると、昭文はテレビをつけずに、窓越しに外を眺めていた。
小さなテーブルの上にはビールの缶。
「あったまって来たか。今日はのんびりだ」
すでに機嫌良くほどけている顔を見て、つんつるてんの浴衣から出ている足を見下ろした。
備え付けの浴衣って、あたしは腰紐で上げが必要なんだけど。
「昭文みたいに大きい人って、あっちもこっちも詰めたり上げたりしなくて良くて、いいなあ」
「その代わり、入んないのがある。バスローブが肩で引っかかる」
足して2で割れば、ちょうどいいかもね。
まだ観光シーズンじゃない旅館は、物音が少ない。
テレビの音は必要ない。窓を開けると、微かに虫の声がした。
過剰に喋って、気持ちを引き上げたりもしなくていい。
機嫌をとったり、はしゃぎすぎて困らせたりもしなくていい。
昭文はそこにいて、落ち着いた顔で座っている。
昭文の足元に座って、筋肉質の足に寄りかかってみる。
悪い感じじゃないね、こんな時間の連続で生活するんだとしたら。
黙りがちなまま時間が過ぎて、夜更かしの習慣のない昭文が、布団に入ろうと言う。
掛け布団をはぐって上に正座したら、お定まりの展開になった。
☆
布団は二組敷いてあるのに、昭文はあたしを抱えたまま寝息を立て始めた。
先に眠っちゃうんじゃないの。蹴ってやろうかな。
でも、いいや。眠りに落ちる前の、昭文の声が聞こえてたから。
「明日の朝、一番に見る顔は静音だな」
眉はしっかり描いてあるけど、顔は浮腫まないだろうか。
昭文の腕の中は、布団なんかいらないくらい暖かい。
はじめから猫の皮着用じゃなかった昭文は、睡眠不足で不機嫌な顔を見せても、動じないかも知れないな。
そんなことを考えているうちに、あたしも眠りに落ちた。