その3
仲居さんが、瓶ビール2本を追加した夕食を持って来る。
他人にお給仕されるのも、なんとなく慣れないな。
そんなにお高い旅館じゃなくても、こういうのって年季と貫禄が必要。
大体、浴衣姿で差し向かいっていうのに照れちゃう。
浴衣って、寝てるうちに肌蹴ちゃうんだよね・・・やだなあ。
夕食も済んで、ちょっとお庭に出てみようかなんて言ってるうちに、今度はお布団を敷きに来る。
こういう時って、どっち向いてていいやら。
昭文があたしの顔を見て、面白がっているのが悔しい。
「ススキのかんざし、しないの?」
「古っ!お父さん世代じゃない。膝枕なんてしないわよっ」
確かに、旅の宿ではあるけどね。
大きい旅館じゃないから、お庭に出たって何があるわけじゃなし。
秋のお月様はしんとした美しさで、まだ咲き残している秋の花が、暗闇に薄ぼんやり映える。
借りた下駄が窮屈そうな昭文は、懐手。
「ちょっと冷えてきちゃったな。もう一回お風呂入ろうかな」
「入って来いよ。ロビーに自販機があったから、ビールでも買っとくから」
旅館に入って通路を右左に別れ、ひとりでお風呂に向かった。
広い湯船は私ひとりで、少し怖い。
お湯越しにするすると自分の肌を撫で、また昭文のことを考える。
俺たちは、相性がいい。
うん。昭文と一緒に居ることは、不愉快だと思ってない。
頼りにしていることも、認めたくないけど知ってる。
そしてすごく重要なことは、あたしは昭文と継続して寝たいと思ってる。
だから一緒に眠ってみるのも、必要なことなのかも知れない。
少なくとも、夜の顔と朝の顔を一時に見るチャンスだ。
つまり結婚すれば、それが「日常」なんだから。
こう考えるってことは、結婚するには、やぶさかでないと考えてるってことだな。
昭文と生活するってことに、少なくとも否定の感情はない。
男に守って欲しいとか頼りたいとかって、そんな欲求はないけど、たとえば昭文が何か望んだ時、一緒に望んでやることはできる。
そうか。返事はもう決まってるのか。
踏み出すきっかけさえ掴めれば。