その2
家族風呂家族風呂とうるさい昭文に、「15分してからでないと来てはいけない」と念を押して部屋を出た。
髪を洗ったり身体を洗ったりする姿を、見せたくない。
コンビニで買った下着と備え付けの浴衣を抱えて、通路を歩く。
なんだか、変な感じ。
どっちにしろ泊まることになっちゃったんだから、腹を括って旅情を楽しまなくては。
言いつけを守った熊が、「いいかあ」と言いながら、浴室に入ってくる。
全裸で「いいかあ」もないもんだ。
がしがしと髪を洗い、石鹸を泡立ててタオルで身体をこするのを、見ていた。
マシントレーニングで身体を鍛えてるのは、趣味なわけ?
「保育園で子供にじゃれつかれた後、よく運動する気になるわね」
「太る体質だからな。継続的に運動しないと、大変なことになるんだ。それに、所属の希望は保育園じゃなかったし」
「保育科出たんでしょ?」
「障害児福祉施設も、保育士」
知らなかった。
どっこいしょ、と昭文が湯船に入ると、湯がざばあっと流れた。
ぬるめのお湯は長風呂にちょうど良くて、するすると肌に気持ちいい。
「あたし、昭文のこと、あんまり知らないね」
「俺も静音のこと、知らないぞ?これから一生かけて、知ってけばいいんじゃね?」
「うん」
何故素直に返事が出ちゃったんだろう。
失言!取り消し!言葉を口の中に戻してください!
あわあわと慌てるあたしの胸を、昭文が唐突に掴んだ。
「うん、いい傾向だ」
その行動とセリフに、因果関係はないでしょーっ!
「一緒に風呂入ってメシ食って、隣で寝る。そんで、起きると隣に静音がいるんだ」
昭文があたしの肩を撫でながら言う。
「それをやってみたかっただけ。悪かったな、騙まし討ちで」
「本当に。予告くらいは、して欲しかったね」
「静音サンは、準備期間が長いから」
横を向いてみせちゃったけど、怒ってはいないの。本当はね。
そうか、起きると隣に昭文がいるって思う感じは、そんなに悪くないね。