その1
「おい、パンツも買っといたほうがいいぞ」
ちょっと遠出帰りのコンビニで、お茶を買って手洗いを借りた時のことだ。
「ぱんつ?」
「女は毎日、換えたいんだろ?」
えーと、下着のショーツのことですか。
別に一枚しか持ってないわけじゃない。家に帰れば、引き出し一杯分の下着はあるんですが。
「持って歩いちゃいないだろ?今日はこのあたりで泊まるから」
・・・なんですと?
「だって、どこも予約なんて取ってないじゃない!急に泊まるとか言ったって!」
「紅葉には少し早かったから、どこでも空いてるだろ?空いてなければ、ラブホでもいいし」
「家にも泊まって来るなんて一言も・・・」
「なんだ?そこまで箱入りだったか?」
「お財布も薄いし」
「一緒に泊まって女に金を出させるほど、野暮じゃないよ」
「化粧品、持ってきてない」
「お泊りセットとやらが、そこに売ってる」
えええっと。
「あたしね、隣に人がいると眠れないの」
「よく、ウトウトしてるじゃないか」
「そこまでは大丈夫なの。熟睡できなくて、睡眠がぶつ切りになるの」
昭文はポンと、あたしの頭に手を置いた。
「俺が、静音と一緒に眠りたいんだ。勝手で悪いな」
悪いとか言いながら、前言撤回はしない強引さ。
「ま、睨むなよ。目が覚めるたびに、腹いせに蹴っても文句は言わないから」
蹴ってやる。覚悟しろ。
小さな温泉旅館を宿に決め、普段持ちのバッグとコンビニのレジ袋のあたしたちは、部屋に通された。
「お、家族風呂入ろ、家族風呂」
チェックインが6時だったので、夕食を7時半頃と指定していた。
昭文のアパートでは結構長いこと、ふたりだけの時間を持っているのに、場所が変わっただけで照れくさい。
母に泊まると連絡をして、とりあえずお茶を入れる。
慣れないシチュエーションに、どうも落ち着かない。
「はじめから、泊まるつもりで来てた?」
「おう。だから温泉の近くに来たんだ。アパートだと、静音は帰っちゃうだろ?」
はーっと大きく溜息を吐く。
「あたしが明日予定があったら、どうするつもりだったの?」
「高速に乗れば、2時間もかからない。朝イチで送るさ」
また上手く持って来られちゃったのか。