その4
夜、酔っ払った昭文から電話が来る。
「静音ちゃーん、あいしてるよーっ!」
「アホかっ!」
「明日は早い時間においでー。昼間っから楽しいことしようねー」
楽しいこととは、何ぞや?
電話が切れそうもないので、とりあえず「わかったわかった」と言っておく。
そんな姿を見たら子供たちが泣きます、あきふみせんせい。
薄緑のポロシャツとピンクのエプロンは、あたしの頭に焼き付いてしまったらしい。
そしてその姿を思い出すと、背景は秋晴れの空になる。
懐かしいような慕わしいような気分になるのは、子供たちに向ける表情に見覚えがあるからだ。
美術館で原爆の図に怯んだあたしの顔を、覗き込んだ時。
昭文が弱者に向ける視線は、常に「手を貸す準備はできている」の合図みたいだ。
ベッドの中で雑誌を広げながら、「結婚」について考えたりする。
たとえば今、昭文が目の前からいなくなったら。
多分、悲しいとは思う。しばらくは泣くかも知れない。
そしてしばらく泣いた後、あたしは次の恋の相手を見つけるだろう。
どうしても昭文じゃなくてはいけないという、強い思い込みをあたしは持っていない。
昭文はあたしを「手元に置きたい」と言ったけれど、あたしは昭文の懐にいる気が、ぜんぜんしないのだ。
これは、あたしの方の問題なんだろうか。
で、結局寝坊して、洗濯したり掃除したり、母の庭仕事に呼ばれたりで、焦れた昭文からメールが来る。
「夕ご飯に帰ってくるの?」
「わかんないから、用意しなくていい」
返事して、車庫から引っ張り出すのは自転車だ。
「遅くなるなら、自転車はやめなさい。最近物騒だから」
「えー?歩きじゃないんだから。こんな住宅街だしー」
生返事で走り出す。
中高生みたいに無防備に足を出して歩いてるわけじゃなし、深夜になるわけじゃなし。
昭文のアパートの自転車置き場に自転車を入れ、スニーカー(でかい)をドアストッパー代わりに挟んだ玄関を開ける。
「おお。待ってたぞ。よく来たよく来た」
だーかーらーっ!抱え込んで頭撫でないで!園児じゃないんだからっ!