その7
「ちょっと寄ってけ」
「車、置くとこないもん」
「じゃ、どこか停められるところでいいや」
近所の児童公園の横に車を着け、昭文の顔を見る。
へこんだ時って、他人と合わせる余裕がなくて、あんまり誰とも喋りたくない。
「不機嫌だよ、当り散らすかもよ」
「不機嫌じゃなくて、落ち込んでんだろ。仕事か?」
うっと言葉に詰まる。
そうなの。当り散らす元気なんて、本当はないの。
への字に結んじゃった口が、認めてるみたいで腹が立つ。
「怒ってる顔と落ち込んでる顔の区別くらい、俺だってつくぞ。静音はそういうとこ、顔に出るから」
「だから先に帰っていいって言ったでしょうが。ぶすったれた顔見ても、不愉快でしょ?」
「不愉快だなんて、なんでそういう発言が出る?静音が落ち込んでたら、俺に引き上げられないのかって落ち込むのは、こっちのほうだ」
えーと、昭文さん?今、すっごく恥ずかしい発言をなさいませんでしたか。
「園児にしか効かないかも知れないけどな、俺にできるのはこういうことだけだ」
大きな手が、あたしの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜ、サイドブレーキ越しに緩く抱きしめる。
「俺は一般企業の仕事はわかんないからな。でも、静音の威勢が悪いと、調子が狂う」
昭文の高い体温が、緊張をちょっと解きほぐして、あたしの心が柔らかくなってく。
園児にしか効かないわけじゃなかったね、あたしにも効く。
しばらく腕をまわしていた昭文が、もう一度髪を撫でる。
こんなことで、楽になっちゃうのか。
「静音は弱いところを見せたがらないから、疲れるんだ。言っただろ、俺は打たれ強いんだから、手荒にされても壊れない」
「ん・・・」
また、への字に結んじゃった口は、さっきとは意味が違う。
こんなことで癒されちゃう自分が、悔しいだけ。
「そんだけだ。明日は早番だから、今日は早寝だ。おやすみ」
車のドアを空けて外に出た昭文は、あたしが発車すると、後ろで大きく手を振った。
他人に寄りかかるのは、苦手だ。
他人の感情を引き受けるのも、苦手だ。
でも昭文の手は、とても気持ちが良かった。
あたしの手もそんな風に、昭文が落ち込んでいる時に癒せるんだろうか。
どこまでが「甘え」で、どこからが「依存」になるんだろう。
あたしは多分、今まで付き合ってきた男たちにも、自分の負の感情を引き受けてもらおうと思ったことはない。
だから、あんな風にあっさりと気持ちがほぐされてしまうものだと、思っていなかった。
昭文はけして急かしたりしていないけれど、時々急激にあたしにずかずかと近寄ってくる。
そしてそれは結構―――気持ちがいい。