その2
原口先輩がスポーツクラブに入会しようと施設を見学していた時、あたしはボクササイズの体験レッスンに励んでいたらしい。
だから彼が「あれ?篠田?」なんて声をかけた時、彼はすでにあたしがいることを知っていたのだ。
「イキのいい女だなーって。俺、つつくと壊れそうな女ってダメなんだよね」
あたし、見かけは他人より、ずいぶん華奢だと思うんだけど。
「俺は打たれ強いし、少々手荒にされても壊れない。いい組み合わせだと思うんだけど」
「あたしの好みは?」
「多少の不備には目を瞑っていただく、と」
身長差は正確には36センチ、体重はあたしの倍。
外からどう見えるんだか、あんまり想像したくない気分。
別に恋人云々じゃなく、話し相手としてなら原口先輩は結構快適な相手だ。
話題は薄くないし、何かに偏っているわけでもない。
あたしも暇だし、映画や居酒屋につきあうのは、やぶさかでないかも知れない。
「原口先輩って、お仕事何してるんですか?」
「公務員」
「職種は?土木課とか?」
「篠田の携帯の番号とメールアドレス教えてくれれば、言う」
家が割れちゃってるのに、隠しても仕方ない。
笑うなよと念を押されたにも拘わらず、聞いた途端に堪えきれずに笑ってしまった。
「いや、良い職業だよね。最近は男の人も多いし」
「男は力技が使えるから、重宝されるんだ」
190センチ近い大男の保育士なんて、想像もできない。
「やっぱりピンクのエプロンしてるわけ?」
「既成品であると思う?縫ったよ、自分で」
「自分でえ?」
ますます笑いが止まらなくなり、息が苦しい。
「お買い得でしょ。身体も頑健、性格温厚、縫い物までできる」
確かにお買い得かも知れないけど、それが真実だとは限らないでしょ、自己申告のみで。
「疑り深い顔、してんなあ」
大体、彼が見た「あたしの顔」だって、あたしの中の一部でしかない。
あれがあたしの全てだと思われたら、超迷惑。
「いいよ、納得するまで観察してくれて」
上手く持って行かれたのだと気がついたのは、翌週の約束をした後だった。