その5
「川越についた頃、雨が降りそうだよなあ」
「せっかくお弁当作ったのに」
「お、今日は起きたのか。雨の中のドライブでもしようか?」
ぶすったれて前を向く。
いいもん。雨は嫌いじゃないから、ドライブがてら車の中でお弁当。
自分の知らない業界の話っていうのは案外と面白くて、保育園のトピックスを熱心に聞いてしまう。
「お祭の時のお姉さんみたいに、よさこいの先生になるんだって言ってる子がいるぞ」
「お姉さんって、あたし?」
「お姉さん、可愛くて上手でって、女の子に人気だよ。遊びに来れば?」
うわ、なんか照れくさい。
子供たちを驚かせて、他の人にも迷惑を掛けて、あたしにとってあのお祭は、反省だらけだったのに。
「運動会、見に行く」
程なく雨が降り始め、ラジオから流れる台風の進路を聞く。
うん、今日は一日中雨。
遠くに行くつもりもなく、近場を車でウロウロして、都会でないことに感謝する。
わざわざ出掛けて行かなくても、街を外れれば美しい自然と長閑な田園風景が、手近なのだ。
雨の中で一際冴えた緑が、風を受け始めてる。
ちょっと早いけど、風が強くなっちゃうと困るので、目についた東屋のある公園に入り、屋根の下で荷物を広げた。
「おお、力作」
「力作じゃないっ!これくらいはできるっ!」
内容については、お弁当の本を参考にしたけどね。
自宅暮らしで、家では母が夕食作ってるんだもん。
日常的に包丁を持っている人ほど慣れていないし、「やってもらう」が当たり前になってると、自分ではしない。
雨の中の東屋は、まわりがあまりにも静かで、ここだけが別世界のようだ。
雨の吹き込まない場所を選んで、お弁当を広げる。
食べながら、強くなってきた雨の音を聞く。
静かで、贅沢。
「うわ、風が本格的になってきた。そろそろ片付けるぞ」
空いた容器を袋に入れているうちに、どんどん雨が強くなる。
「せっかく弁当作ってくれたのに、ゆっくりできなかったな」
「お粗末さまでした。またの機会をお楽しみに」
ひどくなる雨の中、傘を傾けて車に戻ると、膝から下はびしょびしょだ。
駐車場にぽつんと一台だけおいてある車は、雨の中を漂流する小さなカプセル。
エンジンをかけずに、しばらく肩をつけたまま、ふたりで雨の音を聞いていた。