その2
アパートに着くと先輩はいきなり、居間兼食堂と寝室の境目の引き戸を開けた。
ベッドマットを直接床に置いたみたいな低い寝床と、マンガ本でぎゅうぎゅうの本棚と、コルクボードに無造作に張られたスナップ写真。
保育園の写真だあ。確かに子供たちが、何人もぶら下がってる。
・・・なんてものを、じっくり眺める余裕は、与えてもらえなかった。
掠れた声で呼ばれたと思った次の瞬間、あたしはベッドの上で先輩の膝に抱え込まれていた。
「シャワーは?」
「後で」
「お腹、すかない?」
「後で」
唇をふさがれて、肩のストラップが外される。
「そんな、高校生みたいに焦らなくても」
「高校生も大人も、こんな時には似たようなもんだ」
反論する間もなく、唇が降ってくる。
汗もシャワーも空腹も、後回し。
☆
潰しそうで怖いと言いながら、先輩の手があたしの髪を梳く。
先輩の脇の下に頭を乗せて、漂流した海から生還したあたしは、妙に満ち足りた気分だ。
大きな手はとても優しかったし、先輩が満足した顔をしているのが嬉しい。
芯熱の高そうな身体は本当に熱くて、硬い筋肉が頼もしい。
性急な行為だったけれども、強引じゃなかった。
「・・・腹、減ったな」
「その前に、シャワー貸して。どうしようもなく汗だらけ」
放り投げられたワンピースを拾い、狭いバスルームで一人になった時、自分が幸福だと高揚していることに気がついた。
もう、逃げられない。逃げる気はない。
あたしはこれから先輩と向き合いながら、自分の行く場所を探すのだ。
車で送ってもらうために、買ってきたビールは飲めなかった。
そして今晩、「原口先輩」は「昭文」になった。
☆部分の詳細は、ムーンライトに。