その7
「原口先生」
後ろから声をかけられて振り向くと、小学校の低学年の男の子と、若いお母さんだった。
「お久しぶりです」
幾分硬くなった先輩は、すぐに子供のほうにしゃがみこんだ。
「ずいぶん大きくなったなあ。元気だったか」
子供は恥ずかしそうに、先輩と話している。
母親の視線は、あたしに向いていた。
「原口先生は、デートですか」
「そうです」
立ち上がった先輩が、あたしの肩を抱く。
なんか、すごく微妙な空気だ。
先輩の顔を見上げ、母親の顔を見てから、子供に目を落とした。
「幸せそうで、良かったわ。私もね、結婚しました」
先輩の指の力が、少し緩くなった。
「おめでとうございます。お幸せに」
去っていく母子の後姿を見て、先輩がこっそり吐いた溜息で、事情がわかったような気がした。
流し踊りが賑やかに進む通りを見ながら、先輩は小さく「わかっちゃったよな、ごめんな」と言った。
「なりたての母子家庭と新米の保育士なんて、ベタな組み合わせだろ。もう二度と会わないと思ってたんだけどな。市内なら、そんなわけないか」
「いいよ、別に気にしないから」
嘘。すっごく気になる。
「自分が寝た後に母親が出掛けたことに気がついた子供が、夜の11時にパジャマのまま警察に保護された。一度眠ったら起きない子だから、なんて言葉を鵜呑みにした自分のバカさ加減に嫌気がさした。」
「聞きたくない」
「俺があれもこれも、甘く見てた証拠だ。寄りかかってきている人の抱えているモノを、引き受ける覚悟はできてなかった」
「聞きたくないってば」
過去の恋愛なんて、気にするだけ間違ってる。
だって先輩は今、あたしの横にいるんだから。
だけど、この先は?この先、あたしがどうなるんだか、知りたい。
曇天の下に広がる、空色のふらふ。
先輩の作る青空を、振り返って確認したあたし。
覚悟を決めよう。
あたしはもう、先輩の手の内だ。