その5
不機嫌な顔を見ながら、手近な喫茶店で向かい合わせに座る。
あ、あたし、まだ背中に大きくリボン結びだ。
慌てて外して、向かい側の表情を伺いながら畳む。
「怒って・・・る?」
「怒ってねえよ」
ほら、怒ってるじゃない。
おまえの鳴子、と鳴子を差し出されて、バッグにしまう。
お店の人がオーダーを聞きに来たので、アイスコーヒーを頼もうとすると、レモネードに変更された。
「あと、できれば水を、ピッチャーで置いていってください。その分払いますから」
「いえ、結構ですよ。踊り子さんは水分補給しないと」
先輩は頭を下げた後に、やっとあたしの顔を見た。
「飲め。そして、冷やせ」
エアコンの効いた店内で、身体が回復してくると、やっとあたしも頭が働く。
子供たちを驚かせちゃった。
助っ人じゃなくて、迷惑を掛けちゃった。
こんな天気の日は、熱中症になりやすいと知っていたのに。
「・・・ごめんなさい」
「謝るのは、こっちだ。自分はちゃんと給水したのに、おまえにまで気が回らなかった。踊り慣れてるんだから、当然できるだろうと思ってた」
そうなのだ。踊り子が自分の脱水を気にかけるのは、鉄板の約束事で、できない方が間違ってる。
保育士さんは、あの混沌の中で、自分のことをちゃんとできてるのか。
「大人が倒れたら、子供たちの世話ができなくなるだろ?だから一番に、自分の手当てをする習慣がついてんだ。おまえは素人だから、そんなことできないっての忘れてた」
申し訳なくて、もう一度頭を下げる。
「ごめんね」
先輩の顔が柔らかくなる。この人はいつも、すごく良いタイミングで、こんな顔をする。
「腹を立てたのは、自分に対してだ。静音は悪くない。軽くて良かった」
お水ばっかり何杯も飲み、先輩がポケットから出した塩分補給のタブレットを齧ったら、眠くなってきた。
「慌てて、強く言い過ぎた。悪かった」
先輩の声が、少し遠い。
「だるくて、眠い」
「ああ、もうちょっと休憩したら、送ってってやる。歩いて来たのか?」
「自転車」
「じゃ、2ケツだな」
道路交通法違反です、あきふみせんせい。
5分くらいウトウトしたみたいで、気がついたら先輩はレジを済ませていた。
「回復するまで、フォローできなかった侘びもしないとな」
ううん、それは違う。
公務じゃなくても、先輩は園児たちの先生なのだ。
先生が子供たちを放って自分の気になることを優先したら、あたしは先輩に失望していた。