その4
「すみません、解散したらすぐに戻りますから、お願いします」
多分、誰かがついてきてくれたんだろう。街路樹の日陰に降ろされると、走って行く足音が聞こえた。
冷たいタオルが首にあてられ、背中に涼感スプレーを拭きつけられる。
脇に保冷剤を挟んだまま、全部飲むように言われたスポーツドリンクをゆっくりと飲み終えた頃、やっと呼吸が整う。
「もう大丈夫ですか?」
顔を覗き込まれて頷くと、若いお母さんの横に、小さな女の子が見えた。
彼女が首を冷やしてくれていたらしい。小さい手にタオルを持っている。
「ありがとう。ごめんね」
はにかむように後ろに隠れるのが、可愛らしい。
「あきふみせんせい、おこってたね」
「あれは、心配してたのよ」
親子の長閑な会話を聞きながら、反省する。
保育のプロが複数で居たんだから、あたしが手を出す必要はなかったのに。
先輩と園長先生が戻ってきて、付き添っていてくれたお母さんに頭を下げた。
申し訳なくて小さくなる。
「ごめんなさいね、園の関係者でもないのに、こんな危険に晒しちゃって」
園長先生があたしの横に膝を着いて、丁寧に頭を下げたので、ますます申し訳なくなった。
「こちらこそ、すみません。子供たちの給水に気をとられて、自分が給水してなかったんです」
あたしも園長先生に頭を下げたその時、おっそろしく不機嫌な声が上から降ってきた。
「自分の身も守れないヤツが、他人の世話を焼くなっ」
おそるおそる上を見上げると、はるか上に腕を組んだ形の熊。
「原口先生、篠田さんはこちらからお願いして参加していただいたんだし、子供たちにも不慣れだし」
咄嗟にあたしを庇ってくれた園長先生に頭を下げながら、熊は撤回するどころか、言葉を続けた。
「子供を扱うプロと、子育て中の母親たちが何人もいたんだ。だからそれを信頼してれば良かったのに、静音はそうしないで、自分の体調管理を怠ったんだろ」
悔しいけど、その通りだ。言い返せない。
膝を抱えたまま俯くと、園長先生が肩に手を掛けてくれた。
「原口先生。心配したのはわかるけど、言い過ぎですよ。篠田さんは好意で協力してくれたんですからね」
踊って高揚していた気分が消えて、涙が出そうになった。
ゆっくり立ち上がると、まだ少しふらついた。
先輩が肩にがっしりと手を回して、支えてくれてる。
「今日は有志参加で、公務じゃないの。ご協力、本当にありがとう。今度お礼に、私のポケットマネーでご馳走するわ。保育園に来て頂戴」
あたしの顔色が戻りつつあるのを確認して、園長先生はその場を離れていった。
私の肩に手を回したまま、先輩がちょっとずつ動き始める。
まだ、黙ってる。ねえ、怒ってる?あたしが迷惑掛けたから。
足が、ふわふわする。寄りかからないと、歩けない。
先輩の顔をちらちら見上げながら、誘導されるままに歩いた。