その1
お祭が翌週末になり、踊りをもう一度復習するために、先輩と夜の公園で待ち合わせる。
何か鞄を持ってるなーと思ったら、中から朱赤のTシャツが出てきた。
「何?これ」
「とりあえず、広げて」
言われた通りに広げると、胸に何匹かの動物が鳴子を持って踊っている。
そして背中には、ローマ字で保育園の名前が白抜き。
「これで踊るの?可愛い。サンプル?」
「静音の」
「あたしの?」
「うん、静音が着るの」
確かに、サイズはXSだ。
踊りを教えたお礼にくれるってことだろうかと一瞬考えたんだけど、パジャマくらいにしかならない。
だって、背中に保育園の名前が入ってるんだから。
「トップで踊って」
「はい?」
「だから来週の土曜日に、園児の前で踊って」
「なんですってぇ?」
何かの聞き間違いだろうか。あたし、保育園に通う子供はいないんだけど。
「トップで踊ってくれる予定だった人の子供がケガして、踊れなくなったんだよ。他の人は全員イヤだって言うし」
「先輩が先頭に立てばいいじゃない!」
「俺、踊らなくなったの。ふらふ(大旗)を振ることになった。先週、園長がでかいの縫ったんだ」
「あたし、父兄じゃないわよ!」
「踊りの先生が先頭に立ってくれるって言ったら、参加者がみんな喜んでるし」
もう、そう言っちゃったんですね?あたし、先生じゃないんですけど。
「あたしが踊らないって言ったら?」
「静音は踊ってくれる」
「やだもーん」
膝立ちになった先輩が、あたしの両肩に手を乗せた。
「頼むわ。本当のとこ、困ってんだ」
意外なほど真剣な表情。
「ひとりが先頭に立つんじゃなくて、何列かにするんならトップはいらないよ?」
「きっちり踊れる人が少ないんだよ。前の方は5・6歳児が並ぶから、目の前に手本が欲しい」
んん・・・よくわからない。
あたしがいたチームは、祭の三ヶ月前から、週に何回も練習してたから、当日に振り付けのわからないひとなんて、いなかったし。
「付添いのお母さんは、年少児の親ばっかりなんだ。そうすると、自分の子供に気を取られて、進むペースは決められない」
「それでも、やだって言ったら?」
「強制はできないよな。でも、助けてくれ」
真面目な顔だ。いつもの飄々とした喋り方じゃない。
「あたしが助けには、ならないかもよ?もう何年も人前でなんて踊ってないし」
「遊びの延長でいい。子供と付き添いの大人が、不安にならなければ」
置かれた手に、力が入ってる。
ふう、と溜息を吐く。心当たりがあるのだと言ってしまった彼は、あたしが意地で拒否すれば、他の大勢の前で頭を下げて、ふらふを振らずに自分でトップに立つのだろう。
「ふらふ、他に振る人はいないの?」
「予算がないから、旗竿が切り出した竹なんだ。みんな持つだけで精一杯だった」
ふう、ともう一度、溜息を吐く。しょうがないなあ。
「いいよ、踊る」
「踊ってくれるか!」
肩に乗せられた手が首に巻きついて、きゅうっと引き寄せられた。
「静音なら、引き受けてくれると思ってた。ごめんな、勝手に決めて」
引き寄せられた先は、先輩の腕の中。
膝立ちの姿勢のままだから、先輩の肩の上に、あたしの顎が乗る。
喜んでいる目尻の皺が妙に可愛らしく見えて、そこに唇をつけてしまう。
慌てた先輩があたしに顔を向け、次に出会ったのは唇だ。
先輩の腕が首から背中を通って腰に巻きつく。
ちょっとずつ深くなっていくキスに、あたしも先輩の背に手をまわした。
あ、やば。膝から崩れそう。
もっと、この人のことを知ってもいい。
唇と腕だけじゃなくて、ニヤニヤ笑いと人を喰った喋りじゃなくて、もっと。