その6
「冷たいパスタって、家で作れるのか。今度作ってみよう」
気持ち良いくらいのスピードで、先輩のお皿の中身が減っていく。
「美味かった。静音が作ったんだと思うと、感激ひとしお」
あたしの3倍の量を、あたしの半分の時間で食べ終わり、先輩はニコニコしている。
「二度とないかもね」
「え?結婚したら、俺が毎日食事当番?」
パスタが喉にひっかかりそうになった。
先輩のアパートのシンクは小さいので、洗い物は先輩にお任せすることにする。
朝昼兼用の食事をした後に、ここでまた食べちゃって。
やっぱり、マシントレーニングしてカロリー消費しなくちゃ。
「ちょっと休憩したら、帰る。家の残り物みたいなもの貰ってくれて、ありがとう」
「そうか?夜までいればいいのに」
「いたって、別にすることもないし」
「俺はいてくれるだけで、楽しいんだけどな」
真顔ですか!ちょっとそれは、どう反応して良いのか困るセリフなんですけど!
腰に腕が巻きついたと思ったら、胡坐の中にストンと落ちた。
「軽々とあたしを移動しないで!」
「実際に軽いじゃないか」
後ろから回った先輩の腕でがっちりホールドされ、動くことができない。
予定外の先輩の行動にどぎまぎして、胸が早鐘を打つ。
後ろからぎゅうっと抱きしめられて、寄りかかってしまいたいような、逃げ出したいような。
「せめて、これくらいさせろ。今、理性と戦ってんだから」
「戦いに負けないように、放すって手はない?あたし、そろそろお暇しようと」
「ダメ。まだ帰らせない」
耳元で、そういうこと言わないで。
力ずくで向きを変えられ、仰向かされた顔に寄る唇を拒否するつもりはない。
誘い方も態度も強引だけど、この人は絶対、無理強いなんかする人じゃない。
重なった唇の内側に侵入してくる舌は、厚くて熱い。
まずいっ!雰囲気に飲まれそうだ。
あたしはまだそこまで、盛り上がってないんだってば。
片手で背も首もいっぺんに支えられちゃって、もう片方の手が髪から胸に滑り落ちてくる。
大きい手。あたしを手だけで包んじゃいそう。
ドキドキが大きくなって、先輩の肩に乗せていた指に力が入った。
「・・・いてて。昨日、日焼けし過ぎた」
「天罰」
力の入ったあたしの指先で、先輩は覚醒した。
「ちょっと危ないところだったなあ。そのまま、やっちゃうところだった」
「いやいやいや、それは」
先輩の手が首から外されて、あたしの身体は自由になったのに、あたしはまだ胡坐の中だ。
こう思うのは不本意なんだけどね。
ちょっと、残念かも。いや、本当に不本意なんだけどね。
帰り間際に先輩は、あたしの羽織っていたシャツのボタンを上まで留めた。
「胸元が開いてると、上から見えそうになる。誰にも見せんな」
ストレッチ素材のタンクトップは、多分浮かないと思うんだけど、とりあえず言うことを聞いておこうと思う。