その9
「まったく、俺が何かするって言うたびに笑う人だな」
「だって、見た目は熊なのに」
悪いけど、笑いが止まらなくてむせかえる。
しょうがないなーなんて言いながら、先輩も怒った顔じゃない。
「意外性があって、飽きなくていいだろ」
エアコンが効いてきて、部屋の中の空気が気持ち良い。
板張りの引き戸で区切られて、もうひとつ部屋がある。
そちら側は寝室だろうか。
そう思ったら、急に落ち着かなくなった。
別に、先輩があたしの肘を掴んで、そこに引っ張り込むなんて想像をしたわけじゃない。
えっと、今日、下着何つけてたっけ。
違う違う!見せる気なんてないんだってば、汗いっぱい掻いてるし!
・・・汗臭くなければ良いとでもいうの?そんなわけあるか。
先輩の腕が急に伸びてきて、思わずびくっと反応してしまった。
「お茶、もう一杯飲む?」
「あ、ありがと」
グラスを渡して、明後日の方を向く。
あ、やだ、あたし今、すっごく不自然。
「なんだか、そわそわしてんなあ」
ニヤニヤ笑ってる先輩の顔が急に視界から消えたと思ったら、真横にあった。
「下心はないって言っただろ?俺、気は長いんだ」
それならば、肩にかかってる腕は一体何なのでしょうか。
「静音はまだ、迷ってるもんな。それは構わない。どうせその後、何十年もあるんだから」
「何十年もっていうのこそ、決まってないから!」
「決まってんの」
先輩の腕があたしの腰を引き寄せ、顔が覆いかぶさってくる。
何度も掠るだけの唇に焦れて、先輩の首に腕をまわしたのはあたしだ。
もう少し、深く触れてもいい。
閉じた目の奥で、さっき肩越しに見た青空が蘇る。
熊には乗ってみよ、人には添うてみよ。
とりあえず、はじめてみよう。
先輩の部屋から出て車で送ってもらう最中、あたしは次の待ち合わせを先輩に提案していた。