その7
「ザリガニって、あの赤い・・・」
「青いザリガニも売っちゃあいるけど、その辺にはいないな」
梅雨も終わりかけのある日、先輩に誘われたのはザリガニ釣りだ。
何故、ザリガニ。
「保育園の夏祭りで、ザリガニ釣り担当なんだ。目標、100匹」
「買ってくればいいじゃない!」
「そんな予算、ないの。お菓子と飲み物だって、量販店で買ってきてチケット売るんだから」
ちょっと街を出れば広がる田園風景。
母の庭仕事用の、布の垂れた麦藁帽子と、UVカットのパーカー着用。
イカの燻製を糸に括りつけ、農業用の溜池の淵に腰掛けるあたしと熊。
まさか、20代も半ばになって、ザリガニ釣りをするとは思わなかった。
先輩はクーラーボックスの中に、ペットボトルとサンドウィッチを持参したピクニック仕様だ。
ザリガニは面白い程簡単に釣れた。
子供の頃に何度か、釣ったことはある。
梅雨の晴れ間にしては、晴れ上がった日だ。
「あっつぅ・・・」
Tシャツの袖を肩にたくし上げ先輩が、太い腕をむき出しにして、せっせとザリガニを釣る。
「子供たち、喜ぶといいねえ」
「喜ぶさ。俺も子供の頃、ザリガニが好きだった。子供の本質ってのは、そんなに変わらないよ」
「うわ、二匹もいっぺんに釣れてる!」
「どれ、貸してみろ。ああ、大物だなあ」
あたしの後ろから屈みこんだ先輩の肩越しに見えるのは、きれいな青空。
目尻にいっぱい皺を寄せた先輩が、あたしから糸を受け取る。
この顔、いいなあ。
大きな衣装ケースに釣れたザリガニを入れて、先輩の持ってきた昼ごはんを一緒に食べる。
「ふたりだと、さすがに早いな。助かった」
「別に、あたしの意思じゃないもん。でも、結構楽しかった。汗だらけだけど」
隣に座ってる先輩の顔は、気持ち良いくらいの上機嫌。
「こういうの、汚いとかダサいとかって言わなかったな」
「え?」
「ザリガニ釣りなんてくだらない、とは言わないね」
くだらないなんて言ったら、子供の頃の自分や、楽しみにする保育園の子供たちの否定になるじゃないの。
「そう言われたことがあるの?」
「保護者の中にはね、そう言って子供にさせない人もいるの。静音がそうじゃなくて、良かった」
肩に手を回されると、暑い。
寄りかかっても揺るぎもしない肩に頭を預けて、やっと名前を呼び捨てされることに、納得する自分がいた。