その3
石畳に座った先輩の横に、腰を下ろす。
ベンチはすぐそこにあるんだけど、場所を移そうなんて言い出すのも、変な感じ。
「考えてみれば不用心だな、篠田は。担いで繁みで押し倒すぞ」
「先輩は、そんなことしないでしょ?その程度には信用してるのよ」
後ろ手に手をついて空を見上げた先輩は、ちょっと子供っぽい表情。
「なんでいきなり結婚とかって言ったの?」
横だと顔を見せなくていいから、ちょっと聞いてみる。
「そこに至るまでのプロセスは、どうでもいいわけ?」
「答えなくちゃいけないか?」
珍しく、口籠る熊。
「それを聞かないと、あたしは意味が理解できない」
両手で自分の頭を掻き毟った先輩(短髪だから、ぐしゃぐしゃにはならない)は、こちらを見ないで口を開いた。
「手元に置いときたいと思ったんだ」
一瞬、意味が把握できずに考えてしまった。
あたしが口を開かないので、先輩は自棄になったように続けた。
「好きとか可愛いとかより先に、手元に置きたいと思ったんだよ」
手元に置くって、人形じゃあるまいし。
「何?手元に置くって、床の間にでも飾っといてくれるの?」
これは、ちょっとした照れ隠し。
「床の間のあるような家に住んでないから、床に入れとく」
間髪入れずに戻った返事は、結構なRコードだ。
「・・・そういうこと、考えてました?」
「考えられないような女と、結婚する気はない」
大きな身体に似合わない素早さで、熊はあたしを懐に抱えた。
「本当に不便だな、これ。顔の位置がぜんぜん合わない」
ぶつぶつ言いながら、無理矢理身体を折り曲げようとする先輩に、ちょっとだけ顎を持ち上げて、ご協力。
「つきあってください」なんて言葉よりも強烈な「手元に置いときたい」に、思いの外感動しちゃったっていうのは内緒だけど、キスくらいはしちゃいたい気分。