その2
梅雨の合間を縫って、先輩と夜の公園で待ち合わせた。
「もう、動きは覚えたよね。あとは鳴子を握り締めないようにすれば大丈夫」
ネットで取り寄せたっていう、あたしよりもふたまわり大きい鳴子は先輩の手によって、きっちりと握られている。
「そこに力入れちゃダメだって。親指と人差し指で挟むだけ。残りの三本の指は鳴らすときに打つのよ」
「踊りながらそんな器用な真似、できない。篠田、よくできるな」
「あたし、折り紙は折れないよ、先生」
先輩の手を掴んで鳴子を持たせて、あたしの手を上から添えて指はこう、と形を教える。
ね?と先輩の顔をふり仰いだら、慌てて目をそらす仕草が見えた。
何を見ていたのかと自分の胸を見下ろして、浅いVネックで上から見える筈はないと確認する。
気のせいだったかなと、もう一度指に目を戻して、打つ時の形はこう、と教えてもう一度先輩の顔を仰ぐ。
そして、最近めっきりご無沙汰だった表情に、 やっと気がついた。
「先輩、照れてる?」
ウウとアアの中間くらいの声が、先輩の喉の奥の方で聞こえる。照れる熊!
「篠田の手、小さいな」
「先輩の手が大きいんでしょ?」
あたしのこと勝手に抱っこしちゃうくせに、手を触ったくらいで照れるのはおかしいでしょう。
面白いので顔を見続けてしまうと、先輩は上を向いた。
「まったく、他人の感情を噛んで振り回すような真似しやがって」
ふいに、足が地面から浮いた。瞬間、状況が確認できなくて固まった。
気が付いたらすっぽり先輩の胸で、腰に巻きついた手に握られた鳴子があたって、痛い。
「どんだけ抑えてると思ってんだ。目の前で男と待ち合わせするし、頼りない顔で腕に掴まるし」
「ちょっと待って!鳴子、あたって痛い!」
ああごめん、と手を離す程度に冷静だ。
びっくりした、今までそんな気配見たこともなかったし。
「別に、先輩の前で待ち合わせしたわけじゃないもん」
「あの晩、よっぽどメールしてやろうかと思った。返信がないと余計に気になりそうだから、やめた」
そういった後、不便だなと呟いて、膝立ちになった。
膝から下がなくなって、やっと同じ目線になる。
「やらせてないよな?」
見事に直球な質問。
「その質問に答える義理はないけど、してないです」
答えた後に、ちょっとだけ考えて付け足したのは、サービス半分。
「先輩の方が、男としてのレベルは上だよ」
残りの半分は、本音だった。