その1
梅雨に入ったので、先輩に踊りを教える機会がなかなか無い。
あの後、先輩は何事もなかったように、何考えてるのかわからない人に戻ってしまった。
休みの日に、今度はちょっと下り方面の美術館に出掛けた。
原爆の図で有名なその美術館は、小学校の時に行ったことはあっても怖ろしい印象しかなくて、その後にプライベートで行ったことはなかった。
先輩も同じだと言ったけれど、そこに誘ったってことは興味があるからだと思う。
真剣に原爆の図を見る先輩の顔を、下から窺う。
よく見えないけど、痛々しげだったり悲しげだったりの百面相だ。
直視したくない、けれど直視しなくてはいけない絵に囲まれて、あたしも胸が苦しい。
いろんな感情を揺さぶられて、横にある太い腕に思わず手をかけた。
「ん?どうした?」
いつも通りに腰を屈めてあたしの表情を確認する。
言えません。心細くなって、つい縋ってしまったなんて。
ああ、この人は保育士さんだ。
こんな大きな男の人が保育園に居たら、子供たちは怖がるんじゃないかと思ってた。
「人間ってのは想像力失くすと、非道いことができるもんだな」
あたしの頭にポンと手を置いて、先輩は柔らかい顔をした。
「辛かったら、出るか?」
仕事場での顔が見える。
子供たちは先を争って、先輩の背中にしがみついているに違いない。
あたしの背中全部を覆ってしまうんじゃないかと思える、大きな手に押されて、あたしは展示室を出た。
降り出した雨のせいで庭を見て回ることはできずに、先輩の小さな車に戻る。
「名物の焼き鳥でも食うか?」
この辺の焼き鳥は、豚のカシラ肉を辛味噌で食べるのだ。
「ビールが欲しくなるから、いい。先輩運転しなくちゃならないし」
結局道なりのファミリーレストランに落ち着き、改めて向かい合わせに座った。
「そうか、篠田に酒飲ませたことはなかったな。酔うとどうなるの、静音サンは?」
「あんまり変わらないと思う。昭文サンはどうなの?」
名前で呼ばれたから、ちょっとお返し。
先輩は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「確認すればいいじゃん。次は、飲みに行ってみよう」
また先輩のペースに持って行かれてる。
でも、いいや。