その2
「送ろうか?」
「あたし、車なんだけど」
「俺、歩き」
どういう手段で送ろうとしたやら、判断に迷うところだ。
30センチ上から降ってくる声は、やたらめったら暢気で、世間話の続きみたいに聞こえる。
ロビーから出て駐車場を突っ切るとこ、あたしの斜め後ろを歩く嵩高い奴は、車までのこのことついて来るらしい。
「何?送らないわよ」
「発車するまで、お見送り」
開錠してシートベルトをつけると、原口先輩はにっこりと手を振った。
笑うと眼の縁に皺がたくさんできる、人の良さそうな顔。
「電話するから、待っててね」
「知らないくせに」
「高校の時の名簿、捨ててないもん。実家にいるんでしょ?」
ああ、今ほど個人情報云々がうるさくなかった時代、部員名簿には住所と電話番号がしっかり記載されていた。
何を考えているやら、深く考えようとすると頭がガンガンしてくる気がして、あたしはサイドブレーキを外した。
いいや、明日にしとこ。
家に帰って、とって置いたかどうか謎の、高校時代の名簿を見つけた。
原口昭文、3年3組。あれ、副部長だっけ?
家は・・・あれ?市内じゃないや。歩きって言ってたけど、駅までなのかな、それとも一人で住んでるとか。
高校時代に同じ部活だった美月に、とりあえずメール。
>久しぶり。ねえ、いきなりだけど原口先輩って覚えてる?
間髪置かずに戻ってくるところが、暇な証拠だな。
>おっきい人だよね。あんまり覚えてない。
そこからメールがいくつか続いて、日曜にでも会おうかって話になる。
地元の友達って、これができるから楽。
電話するって言ったくせに、原口先輩と次に会ったのは、ジムでマシントレーニングしてる時だった。
チェストプレスしてる時に声を掛けられても、困るんですけど。
しかも、あたしは話なんてないんですけど。
「サーキット終わったら、ラウンジでお茶しよう。待ってるから」
「あたし、お風呂も入るんだけど」
「じゃ、その後でいいや。ロビーにいるから」
無視して帰ってやろうかと思ったけど、ロビーを通らないとフロントにロッカーの鍵が返せない。