その4
「帰らなくちゃいけないの?」
ほら来た。きっぱりどうでも良くなっちゃったあたしは、即答する。
「明日仕事だし、柏倉さんとはそういうオツキアイじゃないでしょう?」
「そういうオツキアイのつもりだったんだけど」
「じゃ、見解の不一致ってことで」
手を振って歩き出そうとしたところで、肩を掴まれた。
引き際の悪い男、ますますマイナス。
「あのね、仕事上の繋がりもあるでしょう?ゴタゴタしたくないの、悪いけど」
「3回も会っといて、そりゃないんじゃない?親会社勤務で、マンション買ったばっかりなんて条件、いいだろ?」
ああ、またそれを持ち出すか。
スーツの趣味は普通、話題も薄くない、だけど後ろにあるプライドは薄っぺら。
「肩、放して。マンションの頭金は親に出してもらったって言ったわね。それが自慢になると思ったら、大間違い」
少し酔っている柏倉さんの顔つきが変わった。
「タダメシ食ってたんだから、一晩くらいいいだろ?」
安く見られたもんだ。
「今までの食事代、返却しましょうか?」
財布を出して、大急ぎで一万円札を柏倉(敬称なんて、もうつけない)のスーツのポケットに突っ込み、後ろを向いて走り出した。
追いかけては来ない、つまり納得して受け取ったんだ。
改札を抜けた時、あたしの息はきれていた。
ああ、怖かった、そう思ったら泣きたくなった。
あたし、食事代を払ってくれなんて、言ったことない。
あたしが財布を出すたびに、柏倉は「僕が誘ったんだから」と固辞していたのだ。
それが最終的には「奢ったんだからやらせろ」だあ?
あたしが彼に好意を持ったままなら、別に問題はなかったのかも知れないけれど、見えちゃったアラはクローズアップするばっかりだ。
同じくらいのタイミングで失望できると良いんだけれど。
原口先輩が同じ状況ならば、多分あんな風に怖い思いはしない。
彼なら、あたしがきっぱりお断りをすれば、無理強いするような言葉は言わない筈だし、自分の意思で女の子に食べさせたご飯の見返りなんて、口に出したりしない。
あたしを追い詰めて結論を出させようとしないで、あたしの表情を観察している人だもん。
そうか、あたしは先輩をそうやって、信頼してるわけだ。
・・・怒ってるかなあ。
怒らせるのが怖いのは、嫌われたくないからだってことくらい、自分でもわかってる。