その3
「ずいぶんゴツい人だね」
向かい合った洋風居酒屋で、柏倉さんは原口先輩の話を出した。
「高校の先輩なの。スポーツクラブが一緒で」
嘘じゃない。
「日焼けもすごいし、ガテン系の人?」
ガテン系の人が、お金払ってスポーツクラブで筋トレすると思うか。
意外にバカだね、柏倉さん。
「あの人ね、保育士。保育園の先生」
柏倉さんは、口に運ぼうとしていたバジルチキンを箸から落っことした。
「保母さん?男の仕事じゃないでしょう?いるんだ、そういう人」
「保育科に男子が入学できるんだから、当然いるんじゃない?」
「そういうのって、競争社会で生き残る力のない人が、選ぶ職業じゃないのかなあ」
何言ってんだ、こいつ。
「やっぱり男は、熾烈な社会生活に揉まれて一人前っていうか」
システム部で熾烈な社会生活に揉まれてるってか、バカ。
あんたの会社が管理するシステム、子会社では使いにくいって評判だよ。
あたしの不機嫌に気がつかず、柏倉さんは料理を口に運ぶ。
「今度はさ、休みの日に映画に誘っていいかな」
フランス映画のリメイク、しかもハリウッドもののタイトルを出されて、不機嫌なまま返事をする。
「あたし、それは元の映画見てる。アメリカでリメイクして、ストーリー性が上回るとは思えない」
「でも、面白いって評判・・・」
「宣伝にお金かけたからでしょ。元の映画は単館でも話題になったけど、そっちは宣伝しないと売れない」
柏倉さんは驚いた顔であたしを見た。
「普段、どんなところで買い物したりしてるの?」
気を取り直した柏倉さんが、どうにか口を開く。
「地元よ。まあ、都内まで1時間かかるところじゃないし、不自由はしてないもの」
「篠田さんのセンスが都会風だなあと思って」
だーかーらー。あんたはどこのイナカから出てきたの?
まさか、流行の商品を買うために、新幹線に乗るような場所じゃないでしょうね?
うう、口がムズムズする。
「ウチの会社は一部上場だから、親が毎日新聞で株価チェックしててね、下がると電話かけてくるんだ」
「だから?」
「もう少し小規模な会社のほうが、息子としては気楽だったかなあ、なんて」
「株価が上がっても、柏倉さんの手柄じゃないのにね。イヤなら、転職すれば?」
あーあ。猫の皮は背中に少し残すのみになってしまった。
「篠田さん、意外にはっきりしてるんだなあ。はっきりした子って、いいよね」
あんたは意外に間抜けだけどね。ばいばい、柏倉。