その2
あたし自身は埋まっていたのに、雑踏からポンと飛び出た頭を見つけた。
大きい人ってどこにだっているし、髪が短めな人だって珍しくない。
大体、平日の晩に保育士が繁華街を歩いてる筈は・・・あるんだね。
しかも、ジャージやジーンズじゃなくて、ワイシャツ姿で。
絶対に見えないと思ったのに、熊はまっすぐ私の所に歩いてきた。
「篠田?どうした、こんな所で会うとは思わなかったぞ」
「先輩こそ、なんで平日にここにいるの?」
「今日は休みだったんだ。子供たちが好きな絵本の作家が個展やっててな。他にもついでがあったから、出てきたんだよ」
「あたしに、よく気がつきましたね」
「そりゃ見慣れた頭頂部だから。で、篠田は?」
えーと。何て答えて良いものか。
「篠田さん、お待たせしちゃって」
迷っているうちに、答えにくい待ち合わせ相手が到着する。
「ふうん?」
あたしに合わせて屈めていた腰を伸ばして、先輩は柏倉さんを見下ろした後、あたしを見下ろした。
まずいまずいっ!別に先輩に義理立てするつもりはないんだけど、これはあきらかに気まずい。
何も知らない柏倉さんは、曖昧な笑みで先輩に頭を下げた。
「あ、じゃあ、先輩、またねっ!」
とにかくその場を離れなくてはならない。
柏倉さんの腕を引っ張るように動き出すと、後ろから先輩の声がした。
「篠田っ!」
振り向くと、ニヤニヤ笑いじゃない先輩が、憮然とした表情でこちらを見ていた。
「忘れんなよ」
忘れてませんて。ただ、あたしの意思はそこにはないんですって。
・・・でも、怒った?怒らせた、あたし?