その5
夜の公園で待ち合わせなのに、毎度のことながらジャージ着用。
熊と色っぽいことをする気もないけどね。
原口先輩の筋肉は、専ら重いものを担いだり走ったりするためのもので、踊るためのものじゃない。
「手首が硬いから、もっとこう」
一緒になって踊っているうちに、結構な汗をかく。
「篠田、細いのに意外にタフだな」
「この踊りは、疲れないで進めるようにできてるのよ。変なところに力が入ってるんじゃない?」
ベンチに座ってスポーツドリンクで給水する先輩の横に立って、あたしも給水する金曜日の晩。
先輩は翌日も仕事だと言う。
「もうじき、梅雨に入るもんなあ。公園で練習ができなくなる」
「お祭りは8月末じゃない。急がなくても」
「保育園の夏祭りで、子供たちと踊るんだ」
狭い園庭で子供たちが鳴子を鳴らしながら踊るのは、想像しただけで可愛らしい。
その中に立つ原口先輩は、秋刀魚の中の鯖どころか、シシャモの中の鯖だろう。
「だから、後ろ向いて笑うなって」
腰を引っ張られたと思ったら、先輩の膝の上に座っていた。
子供じゃないんだから、そう軽々と持ち上げたりしないで欲しい。
「軽いな」
すぐに降りようと思ったんだけど、あたしの腰に腕がまわっているのだ。
膝っていうより太ももの上、あたしの顔は先輩と垂直方向だ。
「こうしないと、篠田と同じ高さにならない」
先輩の満足そうな目尻の皺を、横目で見る。
背中から腰を支える太い腕の、とんでもない安定感。
この感覚を一言で言うなら「反則」だ。
その気がなくても、雰囲気に呑まれそうになる。
「先輩、ちょっと手を離して欲しいんですけど」
「ん?クッション悪いか?」
・・・じゃなくって。あたしに向ける先輩の顔が近すぎて。
「熊に喰われそうな気がする」
「美味い物は最後にとって置く性質なんだ。でも、味見くらいはさせとけ」
空いていた筈のもう片側の手が、あたしの肩を押さえた。
うわ、ちょっとちょっと待って!
顔を寄せられても、あたし、その気はまったくないんですけど!
でも、夜の公園で膝抱っこのシチュエーションで、しかも揺るぎない安定感。
「ん・・・」
すっごくロマンチック、だ。
「どうも本気にしてないみたいだから、ちゃんと宣言しとこうと思って。俺は篠田と結婚するから」
「結婚って、片一方が宣言してもできないよ、先輩」
「だから、その気になってもらわないと」
まだ膝の上のまま、唇にキスの感触は残ったままで、ちょっときまり悪い。
「とりあえず、冗談ではないと理解すれば良いのね?」
「そういうこと」