その7
マシントレーニングもできない時間になっちゃったけど、とりあえずお風呂だけ入ろうと、スポーツクラブに顔を出すと、原口先輩がフロントに鍵を返すところだった。
「あれ?篠田は、今時間からトレーニング?」
「ううん。残業だったから、お風呂だけ入ろうと思って」
「メシは?」
「同僚と食べて来た」
「疲れてる時に、熱いサウナに入ったりするなよ。長風呂もダメ」
お母さんか、あんたは。
帰ってしまったと思っていた先輩がロビーに座っていたので、ちょっと驚いた。
「もしかして、待ってた?」
「もしかしなくても、待ってた」
当然のように頷く熊は、一体あたしの何だっていうんだろう。
「何か、用事だった?踊りなら約束だから教えるけど、今日は無理」
「つれないね、静音サンは」
「あたしに用事はないもん。疲れてるのに、お喋りでもないし」
言った後に、ちょっと冷たく聞こえたかなと、先輩の顔を見る。
絶対聞こえてる筈なのに、先輩は聞こえない顔をした。
そして、直後にくしゃっと笑う。
「風呂上がりの恋人の顔くらい、見たいだろう」
「誰が恋人!」
反射的に言い返して、結局一緒にロビーを出ただけなんだけど、ちょっとモノ思う部分はある。
なんて言うか、他人の表情を読むのが上手い人だ。
あたしが「しまった、ちょっと強い口調だった」と思ったのは、顔に出てた。
だから先輩は、咄嗟に聞こえない振りをして、笑ってみせた。
見かけよりも繊細に、相手を見てる。
たとえばあたしが本気で腹を立てたりしたら、この人はどんな反応をするんだろう。
いつものニヤニヤ笑いじゃない、真剣な顔をするんだろうか。
駐車場の中で隣を歩く先輩を、見上げる。
「送りましょうか?」
「疲れてる人は、帰って寝なさい。俺は歩いて十分もかからないんだから」
大きい手が、あたしの頭を掴んだ。
「ま、今に一緒に帰るんだし」
「だから、いつそうなったの?」
「俺はそうする予定なんだけどね」
「あたしにその予定はありません!」
さっきの見解、取り消し。