勇者のパーティー
その日のことをよく覚えている。
魔王の討伐に成功した私達は不必要なほどに着飾らされて王宮のパーティーに招かれていた。
元は村娘であった私はドレスなど着たことがなく、親に連れてこられた子供が無理矢理正装をさせられたような窮屈さから少しでも逃れようと人込みを離れてバルコニーに居た。
手渡されたワインの味など分かるはずもなく、苦みから飲む気になれずかと言って捨てることも出来ず。
もう随分と手に持ったままのワインは蒸発しないかと思っていたが、そうして消えていくはずもなく――出てくるのはため息ばかりだった。
「ここに居たか」
声をかけられてそちらを見れば共に魔王を倒した一員である騎士が居た。
彼はこのパーティーが始まって以来、ずっと王に呼ばれて食事どころか酒も一口だって飲めてはいないだろう。
それも当然かもしれない。
何故なら、彼は私達勇者一行の中で最も国の中枢に居る存在だから。
『この身を盾として。あなたを守ろう』
初めて会った時の光景を思い出す。
ただの村娘に過ぎなかった私に完璧な礼を示した偉大な騎士。
天啓により勇者として選ばれた私が勇者として生きていくことが出来たのは彼の存在が大きい。
――後の世では。
彼こそが勇者として語り継がれることになる。
王に任命され、人々を救った偉大な勇者として永劫に語り継がれた。
「王が探していたぞ」
「嘘ばっかり。ここに来るまで誰も止めやしなかったです」
私の苦笑いを聞いて彼は僅かに固まる。
が、それ以上の反応を見せはしなかった。
「エルフはどこに?」
代わりとばかりに私達の一員である魔法使いの所在を問う。
同じ魔王討伐の一員であるにも関わらず、彼は一度として魔法使いの名を呼んだことがなかった。
その理由は言うまでもなく彼女がエルフであるが故だ。
「もう帰りましたよ。人が多くて落ち着かないと言って」
「そうか。残念だ」
騎士の声が明るい。
国の中枢に居るが故に彼は先住民として振る舞い数えきれないほど血で血を洗う戦いをしていたエルフを嫌っているからだ。
『魔王を放置すればいずれ我々も殺される。故に今は人間とエルフが手を取り合うべきです』
魔法使いの言葉が甦る。
村娘である私は純粋に人とエルフが手を取り合うことを喜んだ。
一方で騎士はこの関係が一時的であることを誰よりも強く理解していた。
共に旅をしたけれど過去の因縁は消えるはずもない。
それが人間とエルフの共通の認識だったのだ。
魔王という脅威がなくなった時、両者に残るのは共に手を取り合った事実ではない。
一時休戦という束の間の暗黙の了解の消滅だけだ。
――後の世では。
エルフは『勇者』に追われ、国の端に存在する深い森の奥深くに隠れるように潜むようになる。
それに伴う戦いで多くのエルフが命を落としたが、その中に私達と共に戦った魔法使いの数が含まれていたかは定かではない。
「聖女様は今、どちらにいらっしゃるのですか?」
私が問うと騎士は少し躊躇った後に答えた。
「神殿にお戻りになった。この勝利を神に感謝を捧げると言ってな」
「そうですか」
勇者一行の最後の一人。
神の奇跡で私たちの傷を何度も癒してくれた聖女。
皮肉にも彼女がこの戦いで負った傷は何よりも重い。
『旅をする前から。何度も言われました。神が居られるなら何故、神は人を助けてくれないのかと』
心中で何度も吐露したという言葉を初めて聞いた時、私は彼女の信仰の揺らぎを感じていた。
彼女は神に仕えながらも、いや、だからこそ長く続いた魔王の横暴を疑問に思っていたのだ。
何故、このような理不尽がまかり通るのか。
何故、多くの人が死ぬのに神は何もしてくれないのか。
勇者が遣わされた後でさえ、彼女にとって納得のいく答えは出なかった。
いや、むしろ。
勇者が遣わされ、魔王が死んだ今だからこそ聖女の葛藤はより大きなものとなっているのだ。
長い旅の中。
私達は数えきれないほどの人々を救った。
今にも死にそうな人間を救ったことも数えきれないほどある。
そんな人々に出会う度、聖女は神の奇跡を用いて傷を癒してきた。
より正確には神の奇跡と称される『自らの魔力による治癒魔法』を用いて。
王は神殿の力を邪魔に思っていた。
何も出来ないくせに配下を用いて政治にだけは口を出す神という存在により統一された組織を。
故に魔王によりすっかりと権力と信仰が失墜したことを、王は密かに喜んでいたのだ。
――後の世では。
聖女は静かに隠棲したが、その先で毒を飲んで死んだ。
自ら飲んだのか、未だ影響が残ることを疎んだ王に殺されたのか、あるいは裏切り者として信者に殺されたのかは分からない。
「君が望むなら」
騎士が不意に私へ言う。
「この王宮に留まることが出来る。王はそう言っていたが君はどうする?」
魔王討伐後の凱旋。
彼が私の前だけで零した独り言が甦る。
『王は勇者を求めている』
魔法使い。
聖女。
騎士。
そして、私こと勇者。
勇者のパーティーは今、静かに砕かれようとしている。
より正確に言うならば、元々砕かれること自体は決まっていたと言えるかもしれない。
彼が。
私の前でだけ零した本音が甦る。
『どうか。幸せに生きてほしい。あなたは元々は村娘でしかなかったのだから』
私を守り続けてくれた騎士を私は何よりも信頼していた。
故に。
「村に戻ります。きっと、その方が性に合っていますから」
「そうか。なら、私は時々あなたを訪ねよう」
生涯、ついぞ再会が叶わなかった騎士に微笑む。
「楽しみにしています」
そして、それが最善だったのだと老いた今ならばわかる。
――後の世に。
私の名前は残らない。
私はただの村娘に過ぎなかったから。




