手紙
夏の大会前、最後の練習を終えた野球部員たちは、グラウンドの片付けをしていた。
「田島、ちょっといいか?」
グラウンドの端で見ていた監督が、主将である田島を呼びつけた。田島は、駆け足で監督の元へと向かう。
「はい、監督」
帽子を取り、姿勢を伸ばして立つ田島。監督は、そんな彼に向かって手を軽く上げた。それは「楽にしていい」の合図で、田島は少し足を開いて肩の力を抜いた。
「この後、寮でミーティングするだろ? その時にこれを全員の前で読んで欲しい」
監督は、ジャージのポケットから茶封筒を取り出し、田島に手渡した。
「分かりました。いつもの手紙ということでよろしいですか?」
「まあ、その辺だ」
そういう監督だったが、いつも厳しい監督がはぐらかすような言葉を使ったことに、田島は少し違和感を感じた。だが田島は、深くは考えず、茶封筒を受け取った。
グラウンドの片付けが終わり、部員たちは寮へと帰宅した。洗濯や夕食など、諸々の用事を済ませた彼らは、寮の二階にあるミーティングルームに集まり出していた。
彼らはここで、ベンチ入りメンバーが発表されることを知っている。最後のミーティングで、監督からメンバー表を受け取った主将が発表するのは、この野球部の伝統であった。
全員が集まったことを確認すると、田島は静かに部員たちの前に立った。
「今から大会前、最後のミーティングを行います。監督から封筒を預かっているので、読んでいきます」
茶封筒を開ける田島を、部員たちは神妙な面持ちで見つめる。その中に、自分の名前が記されていて欲しいと、誰もが願っていた。
全員の視線を受けながら、田島は監督からの手紙を読み始めた。
「――皆、練習お疲れ様です。いよいよ夏の大会が始まります。三年生にとっては最後に大会になります。毎年、甲子園出場を目標に精進してきた我々ですが、今年はその目標が達成できそうな予感がします。今から、目標達成に向けて選んだメンバーを発表します――」
田島はそこで一呼吸置き、ゆっくりと発表を始めた。自分の名前が出た時は、思わず喜びそうになったが、それをグッと堪えて、二十人の名前と背番号を読み切った。
「――以上が、大会のメンバーとする。名前を呼ばれたものは、万全の準備をして試合に臨んでほしい。呼ばれなかったものたちは、皆を代表して戦うメンバーたちを全力でサポートしてもらいたい――監督からの手紙は以上だ」
田島がそういうと、部員たちはそれぞれの反応を示した。名前は呼ばれ喜ぶものもいれば、呼ばれて当然だというように自信のある表情をするものいた。呼ばれなかったものでも、悔しいとも泣きそうなものもいれば、納得しているかのように頷いているものもいる。
そんな部員たちを一目した田島は、手紙を茶封筒に戻そうとした。だがその時、もう一枚、中に入っていることに気がついた。
「みんな、もう一枚あった。ちょっと聞いてくれ」
田島の声で、ざわついていたミーティングルームが一瞬で静寂に包まれた。
再び視線を受けながら、田島は二枚目の手紙を読み始めた。
「――メンバー発表も終わり、それぞれ思うことはあるだろう。特にメンバーに入れなかった三年生は悔しい思いをしていると思う。私も、メンバー選びは本当に悩んだ。できることなら全員をベンチに入れてやりたいとも思う。どうしてメンバーを選ばなければいけないのかとも思った。だけど、それがルールだから仕方がない。なぜ、こんなにも私を悩ませた理由は、一つ。それは――」
そこに続く言葉に、部員全員が固唾を呑んでいた。田島は息を吸い、少し大きめの声で読み上げた。
「それは、全員が努力をしていることを知っていたからだ。この野球部の中で、努力を怠ったものなど誰一人いない。私は全員を見てきた。厳しく接してもめげずに頑張る姿を毎日見てきた。そんな君たちを私は、誇りに思う。相田は――」
そこからは部員一人一人へ、監督からの言葉が綴られていた。監督からの言葉を聞いた部員の中には涙するものもいた。田島も目を潤ませながら読み進めていく。やがて最後の三年生への言葉を読み上げる。
「――最後に田島亮平。お前は一年生の頃からまとめ役で、その時から主将にすることは決めていた。自分の練習に手を抜かないのはもちろんだが、野球部全体を見ながらこなす姿には、私も見習わないといけないと思った。田島がいたおかげで、この部はまとまり、力をつけられたと思う。君は最高の主将だ――」
その時、田島の目から涙が流れ出した。手紙を読み進める声も震えている。手紙とはいえ、監督からこんな言葉をかけられるとは予想していなかった。それに、そこまで見ていてくれているとも思っていなかった。厳しかった監督がちゃんと見ていてくれたことが、田島にとってとても嬉しかった。
震える声で最後まで読み切った田島は、全員に向かって言った。
「みんな、まさか監督からこんな手紙がもらえるなんて思っていなかったと思う。俺も思っていなかった。監督は、全員の頑張りを見ていてくれて、その中で悩みながらメンバーを選んでくださった。だから、メンバーだけじゃなくて、ここにいる全員で、夏の大会を勝ち進んでいこう!」
主将の言葉を受け、部員たちは一同に気合の入った勇ましい声を上げた。




