母の愛
男は、どうしようもないクズだった。
嘘をつき、金を使い込み、
人の好意を当然のように踏みつけ、
「どうせ俺なんか」と言いながら、
誰よりも自分を甘やかして生きてきた。
母は、そんな男を一度も捨てなかった。
叱った。
怒鳴った。
泣いた。
それでも、最後には必ず言った。
「……それでも、あんたは私の子や」
その言葉が、男を腐らせたことを
母だけが知らなかった。
母が死んだ日、
男は泣かなかった。
葬式にも遅刻し、
骨壺を前にしても、
何も感じなかった。
「もう、怒られへんな」
それだけだった。
母がいなくなってから、
男は一気に堕ちた。
止める人間がいない。
叱る声がない。
帰る場所もない。
気づけば、誰からも連絡は来ず、
金も尽き、
夜の寒さだけが残った。
最後の夜、
男は路地裏で倒れた。
空を見上げながら、
初めて思った。
——ああ、
母ちゃん、
俺、ほんまにアカンかったな。
その瞬間だった。
「……なにしとんの」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、
そこに母が立っていた。
昔と同じ割烹着。
昔と同じ、少し疲れた顔。
「迎えに来たんちゃうわ」
そう言うなり、
母は男の頭を、思いきり叩いた。
ゴン、という鈍い音。
「どんだけ人に迷惑かけたら気が済むんや!」
叩きながら、
泣いていた。
「アホ! クズ!
それでも……それでもや!」
母は男を睨み、
声を震わせた。
「生きとる間に一回くらい、
ちゃんと幸せになれ言うたやろ……!」
男は、初めて声を上げて泣いた。
子どものように、
情けなく、
取り返しのつかない人生を抱えて。
「……ごめん」
それしか言えなかった。
母は、ため息をついて、
男の頭をもう一度叩いた。
今度は、
やさしく。
「ほんまに、
手のかかる子やな」
そう言って、
男の手を握った。
冷え切った指先が、
少しだけ温かくなった。
「しゃあない。
あんたは最後まで、私の子や」
母は歩き出した。
男は、叱られながら、
引きずられるようについていった。
救われたわけじゃない。
許されたとも言えない。
それでも。
——
迎えに来たのが、
天使じゃなく、
怒りながら泣く母だったことだけが、
男の人生で、
唯一の誇りだった。
行き着く先がどこだろうと。




