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にじばね鳥と、雨上がりの約束

掲載日:2025/12/30

森に雨が降ると、みんなの声は小さくなる。

葉っぱはしょんぼり肩を落とし、小川は「しょぼしょぼ」と細い音しかしなくなる。

うさぎのこはるは、雨の日がきらいだった。

空が灰色になると、胸の中まで灰色になる気がするからだ。

「ねえ、雨ってさ。どうしてこんなに長いの」

こはるが丸太の家の窓に鼻先をくっつけて言うと、くまのモグがのんびり答えた。

「雨はね、森を洗ってくれるんだよ。あと、きのこを喜ばせる」

「きのこは喜んでも、こはるは喜ばないよ……」

そのときだった。

雨音の向こうから、ふわり、と。

羽毛が風に乗るみたいに、やわらかな光が差し込んだ。

窓の外、ぬれた苔の上に、見たことのない鳥が立っていた。

体は小さいのに、羽は七色の糸で編んだみたいにきらめいている。

でも、ぎらぎらじゃない。

雨粒をひとつずつ抱きしめて、そっと光らせているような、やさしいきらきら。

「……だれ?」

こはるが扉を開けると、その鳥は首をかしげて、くちばしで自分の胸をちょんとつついた。

「にじばね鳥、って呼ばれてる」

声は聞こえないのに、言葉だけがふっと胸に入ってくる。

こはるは、なぜか泣きそうになった。雨の日の灰色が、ほんの少し薄くなった気がしたから。

にじばね鳥は、背中を少し震わせた。

すると——羽が一枚、ふわりと抜けて落ちた。

「だ、大丈夫!?」

こはるが慌てると、鳥は「だいじょうぶ」とでも言うように目を細める。

そして落ちた羽を、くちばしでそっと持ち上げて、空に投げた。

羽はくるくる回って、雨粒に触れた瞬間、ぱあっと広がった。

小さな、小さな虹。

空じゃなくて、こはるの目の前で、木と木の間にかかる虹。

「うわ……!」

こはるの声に気づいて、リスも、シカも、モグも外に出てきた。

森のみんなの頬が、ほんのり明るくなる。

雨はまだ降っているのに、不思議だ。

虹の下では、なぜか寒くない。

胸の奥に、あったかい毛布を一枚かけられたみたい。

「もう一回!」

リスが跳ねて言った。

「ぼくも見たい!」

「わたしも!」

声はどんどん増えていく。

にじばね鳥は、困ったみたいに羽をふるわせた。

それでも、もう一枚、また一枚。

羽を投げるたび、小さな虹が生まれて、森はきらきらで満ちていった。

こはるは、うれしくて笑った。

……でも、笑いながら、鳥の背中が少しずつ細くなっているのが見えた。

「ねえ、もういいよ」

こはるが言うと、リスが首をかしげる。

「なんで? もっときらきら欲しいのに」

「うん、欲しい。だけど……にじばね鳥、疲れてる」

鳥はこはるを見て、ほんの少しだけ笑った。

でもその目は、雨の色みたいに薄くなっていた。

次の日も、その次の日も、雨が降るたび森のみんなは言った。

「にじ、見せて!」

「一枚だけ!」

「お願い!」

“お願い”はやさしい言葉のはずなのに、重なると石みたいに重くなる。

にじばね鳥は、とうとう、雨の日に来なくなった。

森はまた灰色に戻った。

虹がないと、みんなの声は小さくなる。

こはるの胸の中も、また灰色になりかけた。

でも——こはるは思い出した。

虹の下で、寒くなかったこと。

あれは虹のせいだけじゃない。にじばね鳥が、森のために羽を使ったからだ。

「……もらってばっかり、だった」

こはるは家々を回った。

「にじばね鳥に、返そう」

「返すって、羽はもうないよ?」とモグ。

「羽じゃなくて、きらきら。みんなが持ってる、ちいさな色を集めよう」

森のみんなは最初、ぽかんとした。

でもこはるは、ぬれた草の上にしゃがんで、花びらを一枚拾った。

赤い木の実。

黄いろい葉っぱ。

むらさきの小さなすみれ。

青っぽく光る小石。

雨上がりの水たまりに映った、うすい空の色。

「ほら、色って……いっぱいある」

みんなは、はっとした顔になった。

リスはどんぐりの帽子の茶色を、シカは若葉の緑を、モグははちみつの金色を持ってきた。

小鳥たちは、落ちた羽の白を。

川は、きらきらのしずくを少しだけ。

それらを集めて、森の広場で織った。

“にじのマント”。

一色ずつは小さいのに、重ねるとちゃんと虹になる。

派手じゃない。だけど、見ていると胸があったかくなる、そんなマント。

雨が上がった夕方。

こはるたちは森の奥、いつも虹が生まれた苔の場所へ行った。

「にじばね鳥……ごめんね」

こはるがマントを両手で持って言う。

「お願い、じゃなくて。……ありがとう、を言いに来たの」

しばらく、風が葉を揺らす音だけがした。

それから、枝の影がゆっくりほどけるみたいに、にじばね鳥が現れた。

前より少し、羽が少ない。

こはるは駆け寄って、マントをそっとかけた。

にじばね鳥は驚いた顔をして、次に、くちばしを小さく鳴らした。

笑ったみたいだった。

その瞬間、マントの色がふわっと息をした。

雨上がりの光が集まって、鳥の背中に——虹が戻っていく。

羽が一本ずつ、あわてず、ゆっくり生えていく。

森のみんなが息をのんだ。

でも、空に大きな虹が出る前に、もっと早くきらきらしたものがあった。

みんなの顔だ。

もらうより、返すほうが、笑顔は明るい。

にじばね鳥は一枚だけ羽を落とした。

今度は、森のみんなへ、じゃない。

こはるの手のひらへ。

「え、いいの?」

こはるが聞くと、鳥は首をかしげて、また胸に言葉を落とした。

——“約束。頼りすぎない。ひとりで抱えない。きらきらは、分けあう。”

こはるは羽を胸に抱いて、うん、と大きくうなずいた。

その夜、森に雨は降らなかった。

でも、こはるの胸の中には小さな虹がかかっていた。

虹は空だけのものじゃない。

だれかを思って動いたとき、いちばん先に光るのは——

きっと、心の中の、あったかいきらきらだ。

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