にじばね鳥と、雨上がりの約束
森に雨が降ると、みんなの声は小さくなる。
葉っぱはしょんぼり肩を落とし、小川は「しょぼしょぼ」と細い音しかしなくなる。
うさぎのこはるは、雨の日がきらいだった。
空が灰色になると、胸の中まで灰色になる気がするからだ。
「ねえ、雨ってさ。どうしてこんなに長いの」
こはるが丸太の家の窓に鼻先をくっつけて言うと、くまのモグがのんびり答えた。
「雨はね、森を洗ってくれるんだよ。あと、きのこを喜ばせる」
「きのこは喜んでも、こはるは喜ばないよ……」
そのときだった。
雨音の向こうから、ふわり、と。
羽毛が風に乗るみたいに、やわらかな光が差し込んだ。
窓の外、ぬれた苔の上に、見たことのない鳥が立っていた。
体は小さいのに、羽は七色の糸で編んだみたいにきらめいている。
でも、ぎらぎらじゃない。
雨粒をひとつずつ抱きしめて、そっと光らせているような、やさしいきらきら。
「……だれ?」
こはるが扉を開けると、その鳥は首をかしげて、くちばしで自分の胸をちょんとつついた。
「にじばね鳥、って呼ばれてる」
声は聞こえないのに、言葉だけがふっと胸に入ってくる。
こはるは、なぜか泣きそうになった。雨の日の灰色が、ほんの少し薄くなった気がしたから。
にじばね鳥は、背中を少し震わせた。
すると——羽が一枚、ふわりと抜けて落ちた。
「だ、大丈夫!?」
こはるが慌てると、鳥は「だいじょうぶ」とでも言うように目を細める。
そして落ちた羽を、くちばしでそっと持ち上げて、空に投げた。
羽はくるくる回って、雨粒に触れた瞬間、ぱあっと広がった。
小さな、小さな虹。
空じゃなくて、こはるの目の前で、木と木の間にかかる虹。
「うわ……!」
こはるの声に気づいて、リスも、シカも、モグも外に出てきた。
森のみんなの頬が、ほんのり明るくなる。
雨はまだ降っているのに、不思議だ。
虹の下では、なぜか寒くない。
胸の奥に、あったかい毛布を一枚かけられたみたい。
「もう一回!」
リスが跳ねて言った。
「ぼくも見たい!」
「わたしも!」
声はどんどん増えていく。
にじばね鳥は、困ったみたいに羽をふるわせた。
それでも、もう一枚、また一枚。
羽を投げるたび、小さな虹が生まれて、森はきらきらで満ちていった。
こはるは、うれしくて笑った。
……でも、笑いながら、鳥の背中が少しずつ細くなっているのが見えた。
「ねえ、もういいよ」
こはるが言うと、リスが首をかしげる。
「なんで? もっときらきら欲しいのに」
「うん、欲しい。だけど……にじばね鳥、疲れてる」
鳥はこはるを見て、ほんの少しだけ笑った。
でもその目は、雨の色みたいに薄くなっていた。
次の日も、その次の日も、雨が降るたび森のみんなは言った。
「にじ、見せて!」
「一枚だけ!」
「お願い!」
“お願い”はやさしい言葉のはずなのに、重なると石みたいに重くなる。
にじばね鳥は、とうとう、雨の日に来なくなった。
森はまた灰色に戻った。
虹がないと、みんなの声は小さくなる。
こはるの胸の中も、また灰色になりかけた。
でも——こはるは思い出した。
虹の下で、寒くなかったこと。
あれは虹のせいだけじゃない。にじばね鳥が、森のために羽を使ったからだ。
「……もらってばっかり、だった」
こはるは家々を回った。
「にじばね鳥に、返そう」
「返すって、羽はもうないよ?」とモグ。
「羽じゃなくて、きらきら。みんなが持ってる、ちいさな色を集めよう」
森のみんなは最初、ぽかんとした。
でもこはるは、ぬれた草の上にしゃがんで、花びらを一枚拾った。
赤い木の実。
黄いろい葉っぱ。
むらさきの小さなすみれ。
青っぽく光る小石。
雨上がりの水たまりに映った、うすい空の色。
「ほら、色って……いっぱいある」
みんなは、はっとした顔になった。
リスはどんぐりの帽子の茶色を、シカは若葉の緑を、モグははちみつの金色を持ってきた。
小鳥たちは、落ちた羽の白を。
川は、きらきらのしずくを少しだけ。
それらを集めて、森の広場で織った。
“にじのマント”。
一色ずつは小さいのに、重ねるとちゃんと虹になる。
派手じゃない。だけど、見ていると胸があったかくなる、そんなマント。
雨が上がった夕方。
こはるたちは森の奥、いつも虹が生まれた苔の場所へ行った。
「にじばね鳥……ごめんね」
こはるがマントを両手で持って言う。
「お願い、じゃなくて。……ありがとう、を言いに来たの」
しばらく、風が葉を揺らす音だけがした。
それから、枝の影がゆっくりほどけるみたいに、にじばね鳥が現れた。
前より少し、羽が少ない。
こはるは駆け寄って、マントをそっとかけた。
にじばね鳥は驚いた顔をして、次に、くちばしを小さく鳴らした。
笑ったみたいだった。
その瞬間、マントの色がふわっと息をした。
雨上がりの光が集まって、鳥の背中に——虹が戻っていく。
羽が一本ずつ、あわてず、ゆっくり生えていく。
森のみんなが息をのんだ。
でも、空に大きな虹が出る前に、もっと早くきらきらしたものがあった。
みんなの顔だ。
もらうより、返すほうが、笑顔は明るい。
にじばね鳥は一枚だけ羽を落とした。
今度は、森のみんなへ、じゃない。
こはるの手のひらへ。
「え、いいの?」
こはるが聞くと、鳥は首をかしげて、また胸に言葉を落とした。
——“約束。頼りすぎない。ひとりで抱えない。きらきらは、分けあう。”
こはるは羽を胸に抱いて、うん、と大きくうなずいた。
その夜、森に雨は降らなかった。
でも、こはるの胸の中には小さな虹がかかっていた。
虹は空だけのものじゃない。
だれかを思って動いたとき、いちばん先に光るのは——
きっと、心の中の、あったかいきらきらだ。




