番様がいっぱい!?
これは私が巻き込まれた話である。
その日、番協会に相談事が持ち込まれた。
番様に複数候補がいる。嘘つきを見つけてほしいと。
この世界の薄っすら支配者として残っている獣人。彼らは番を求める性質がある。番とはまあ、自分の半身といってしまうようなモノのことである。
この番様に対しては人権的な面で社会的に問題となりつつあるが、是正にはまだ長い年月か、よっぽどの問題を起こさなければいけないだろう。
まあ、それはさておき、番というのは一人であるというのが定説だ。
本人が本能で選び取るのだから間違いようもないし、間違ったらまずいものだ。たまに偽装番事件が起きるが、それとは違うのだろうか。
なお、偽装するのは獣人の方で、重すぎる恋心ゆえにと処理されがちだ。相手方の心象により、溺愛からストーカー扱いまで幅広い反応がある。半分くらいは、無理とお断りされる。断れるというのが本当に近代化の波を感じる。昔は、断るなんて!という風潮だったのだ。
ひとまずは獣人側の資料を確認する。
申立人は犬系獣人である。本人ではなく、父親の名前が書いてあった。当人は21歳ということだが、まだ学生であるため父親が申し立てをしているという注釈が付箋で貼ってあった。過度な家長制度を採用しているわけではないという主張というわけか。
番のことに親が出てくるとそう言われがちである。家の都合のために無視されまくった番様の前例がありすぎる。
どこが溺愛よ、とツッコむとこである。
……まあ、それはさておき。
番候補は3人。
仮にA、B、Cとしておこう。今どき、個人情報がうるさい。
A、24歳。会社員、純人。該当獣人(仮にシバとつけておく)に出会ったのは駅である。たまたま同じ電車を使っていたところ、シバ氏に君が番だ!と電車で叫ばれた。
は? と思ったが、そっかーと受け入れた。
B、21歳、学生、魔女見習い。シバ氏と同じ大学に通っているが、学部が違うため入学以来遭遇したことがほとんどない。シバ氏によればいい匂いがする、番が学校に? と思って辿っていったら出会ったという。
え? 私、今、忙しいんですけどっ! とお断りしたらしい。
C、128歳、長命種。シバ氏のバイト先の地域マネージャー。チェーン店に勤務しているシバ氏の店にたまたまやってきた時にあなたが本物だ! と叫ばれる。
……あたま、だいじょうぶそ? と心配されているらしい。
……。
Aさんを採用して、その他の方々には解散していただくほうが良い気がする。いや、それだと人身御供……。
仕方ないので、直接本人たちを集めて会議することにした。
皆が都合の良い日というのは、深夜だった。社畜✕4、卒論で死ぬ学生✕1であるので。
会議の進行役の私と書記兼アドバイザーも社畜なんである。
夜の会議室にはデパ地下オードブルとケーキを並べた。やってらんねぇ残業であるからして……。飲み物はアルコール以外で各自持参してもらった。
皆、どうしよ、という様子見のような態度で座っている。
ここは一つ、空気を作らねば。私が主催なのでご挨拶しておくことにした。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。
ひとまずは、乾杯、しますか。
皆様のより良い未来に向けて、かんぱーい!」
かんぱーいと揃わぬ声が返ってくる。腑に落ちぬ顔だったりもするけど、いきなり喧嘩腰よりは良い。
「中半のすきやき弁当!?」
「ロディレのマカロンがこんなに!?」
「あ、ローダの紅茶が……」
「ロイヤルのローストビーフもありますよ。
大丈夫です。経費は協会持ち。ささ、先にお腹を満たしてしまいましょう」
そう言って私も好きなのを紙皿に盛る。おいしいは正義。それから、お腹いっぱいのほうが、揉めない。
さて、Aさんは、といえば、チョップドサラダの入れ物を抱えていた。すみません! お野菜不足なんですと。それとは別にすき焼き弁当もきっちり確保。食欲旺盛なのは良いことだ。
彼女はこの地域の純人らしく、黒髪ストレート、やや垂れ目で細身だ。髪はちゃんとアイロンを使うか、縮毛矯正をしているように見える。身なりもオフィスカジュアル。
気になる点は隠し切れない目の下のクマ。
お菓子から先に手を付けているのはBさん。マカロンを三つほど選んで、ケーキは二つ食べてもいいですか? と聞いている。どうぞというとにこにこでショートケーキを二つ取っていった。同じものを二つという感性はわりと珍しい気がする。
彼女はやや明るめの茶色の髪。おそらく毛先を巻いていたんだろうけど、時間経過でちょいくるんしている。ざっくり編みのセーターを着ているが、腕まくりしてケーキに挑んでいる。
気になる点は、かつて魔女っ子であったか、なんだけどプライベートすぎて聞けない。
あらあらとおしとやかに見ているCさん。しかし、用意した肉類全種類を盛ってるあたり、肉食系。確か長命種って野菜生活ときいたのだけど……。
彼は、長い金髪を緩くみつあみしており、今日のためにぴしっとしたスーツに着替えてきてくれている。
おそらく、Aさん、Bさんからはこの件を任された協会の人だと思われている。
この三人が、番候補。なんならCさんが、最有力。
頭を抱えたくなるのも、仕方ないのではないだろうか。書記兼アドバイザーの彼女(仮にDとしておく)もどうしましょうかねぇという困り顔だ。
そろそろお腹も満たされたところで、それぞれのことを私から紹介した。
Aさん、Bさん、どちらも驚愕してCさんを見ている。
「え、おとこのひと?」
「番って異性限定じゃないの!?」
「どうも違うみたいなんですよ……。普通は男性と気がついていれば、本能的にストップがかかるらしくそこまでいかない、っぽいんですが」
改めてCさんを見れば長命種らしい線の細さと性別不明感があり、声さえも女性っぽいと言えなくもないという境界をゆらついている。
今日も男性者とわかるスーツでなければ、どこかお姉さんと思われただろう。
「Cさんはエリアマネージャーとして社員の制服、男女兼用を着用されており、該当のシバ氏は女性と思っていきなり運命の人! とやらかしたらしいです」
「ええ、困りました」
苦笑して語るCさん。そりゃあ、あたま、だいじょぶそ? という返事にもなろうものである。これには周囲の者も大変困惑している。
しかし、シバ氏は、Cさんこそが本物と主張し、性別なんて関係ないという発言をしている。
こうなってくるとよりよい子孫を得るための番という認識がおかしくなってきた。番というのはもっと別の理由によって選別されているのではないだろうかと。
複数の番が現れたという事象は、国内でも何件か報告があるらしい。それは基本的に誤差と認識され、最良という相手を選びなおしているそうだ。
今回は、男が入ってる。どうなってんだ。というところらしい。そして、嘘つきはCさんであると獣人たちは主張したいが、本人がCさんが本物といっているからややこしい。
なお、Cさんは死別した奥さんがおり、ほかの人とはちょっと……という立場をとっている。
「ここにお集まりいただいたのは、ちょっとした検査をするためです。
番として選ばれたなにか共通点があるはずなんです」
「明日、学校いけるなら……」
「右に同じ」
「私は会社が休みにしてくれました。明後日でもいいよ、だなんてとってもお優しい」
ブラックだ。
速やかに検査を終わらせてご帰宅させなければ。
一般的検査として、血液、出身などの経歴を比べてみたが、似た傾向もない。
そうならば霊的といわれる部類の検査もする。
魔法というものは衰退しかかっているが、まだ残っている。この国においては呪術という方面で。システム化されている技術は、新呪式と別に分類されている。
Bさんの魔女というのは古来のものを継承している血筋である。魔女の家系にしか魔女は生まれない。また、その家系でも生まれた男が魔法使いとなることはない。その男から魔女が生まれることもない。
絶滅危惧の特別家系である。
こういう事情も加味するとやはりAさんが本命なのだけど……。
人身御供はちょっとな。
悩ましく思っているところに結果が出た。私が理解不能の機械で測定されていた。見た目、血圧測定の機械にしかみえない。Dさんの会社が開発したという新機種、魂の測定器。ただし、今のところデータ集めをしている段階で試作機だ。
「あー、やっぱり」
Dさんが呟く。
魂の波長がとても良く似ていた。
魂とは何か、というのは解明されていないが、一人に一つの魂がある、ということは現在確定している。死亡後にその抜けた魂を捕獲し、実験したという非人道的行為の結果知られたことである。
生体エネルギーの固まりであり、そこに人格や記憶などは含まれていないらしい。少なくとも現時点ではソレが確認できない。
その魂というのは、個体差がある。人により波長や色、温度も違うという。
「こちら、ご覧ください。シバ氏の波長です。
今、新しく測定した皆さんのものはこちらです。色味がとても似ているのはお判りでしょう。また、普通の人より量が多い。
はみ出した分の凸凹がかみ合う」
Dさんが言うようにかけたパーツが合うようにいい感じにくっつきそうだ。パズルみたいに。そのうちで一番合いそうなのがCさんだ。
「獣人は体を二つ持つという学会の研究結果があります。
獣の体と人の体の二つで一つとして生まれたと。ただし、魂の総量は一人とちょっとだけ。もう一人分、足りず能力が制限された状態なのでは、という話です。
まあ、私は獣人ではないので実感はわかりませんが」
この魂の形を二人分あわせるとなんと三人分になりそうだった。
つまり、一人分、増える。
「番っていうのは、この不足分を補うために存在するのではないか、という話だったんです。
でも検証も難しくて、いい機会でした」
笑顔のDさん。
あまりの笑顔にドン引きしている三人、ともう一人、つまり私。
「え、じゃあ、運命って」
「欠損、あるいは、飢餓状況を解消してくれるという本能に根差した主張では」
ロマンスの欠片もない。
「その話で行けば、私が番になるしかないということでしょうか」
「魂の量が多すぎて体調を崩す方専用の道具があります。そちらを使用してちょっと減らすということで対処できます。ご希望があれば、保険適応になるよう診断書を書いてもらってですね」
意外なことにAさんも希望した。
「番、そっかーと私のとこ好きなのかと思ったけど、番だからであって、もっと良い人がいれば乗り換えされてしまってはね」
どこか疲れたように言うAさん。Bさんが、お姉さん、これも食べてとお菓子を盛ろうとしている。Cさんはよいこともありますよと慰めにかかっている。
そこからお酒が投入され、近隣のビジネスホテルにお泊りしてもらった。
「……で?」
「で?って?」
後片付けをしながら、私はDさんに視線を向ける。
「どの程度、効果が見込めるの?」
「半々くらい。まだ、推論の段階だから、実例があってとってもうれしい」
発言がマッドサイエンティストの片鱗をうかがわせる。いつもは普通の事務員ですって顔をしているのに。
「シバ氏はどうしようかしら」
「気の迷い。複数が気になるというのは本当の運命じゃない」
ご親族はそれでおしまいにしたがるだろう。なにせ、今までなかった男同士での番である。あったかもしれないが、表に出されることもなかった、かもしれないが。
「まあ、納得いただきましょう」
納得がいかなくとも反応がなくなれば、諦めるほかないのだから。
そして、複数存在した番候補はすべて消失した。シバ氏は憑き物が落ちたように、普通の差別主義者になった。つまり、スタンダードな獣人。
なんだか、本能が優勢であった方がまともであった気がした。そう愚痴ったらDさんが神妙な顔でこういった。
「そういえば、二つの体についての怖い話があって」
「嫌な前置き……」
「二つの体には二つの人格がなきゃおかしいって提唱している人もいるんです。
もう一つの人格ってのが、本能」
「マジ?」
「大マジ。
だって、彼ら、番を見つけたら人が変わったようにって言われるから。もしかして、本当に、いれかわっているのかも」
大変に怖い話である。
「私、純人でよかった」
「ですね……」




