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こちら魔王立冒険者組合です!

こちらは魔王立冒険者組合です!【短編版】

作者: 白黒まざる
掲載日:2025/12/27

「僧侶による回復治療保険の払い戻しは三番窓口でお願いします!」


 窓口から可愛らしい少女の声がざわつくエントランスホールに響く。

 ここ、ルミナリア王国のリネーブという街にある冒険者組合の朝は早い。


「戦士の方ですね…えっと、すいません。少しお時間頂いてもよろしいですか?」


 そのホールの一角、【6番】と書かれた窓口では慣れてない様子の少年が冒険者名簿登録の手順に手間取っていた。


「早くしてくれよ。ここに登録しないと勇者の旅に仲間としてついていけねぇんだから。他の戦士に勇者シャーディのパーティの戦士枠取られたら笑えねぇんだよ。」


「すいません。えっと…あっ!戦士証のご提示をお願いします。それとこれまでに達成されましたクエストの記録表もお願いします。」


 少年はようやくマニュアルから戦士の冒険者登録のやり方を見つけ出し、それに沿って業務を進め始めた。


「ほらよ…!」


 ガラの悪そうな無骨な戦士が放り投げるように戦士証とクエスト記録表を差し出した。

 少年…いや元勇者志願者であるロイドは若干のイラつきを覚えたが、すぐさま笑顔を作り、マニュアル通りに一つ一つ丁寧に…丁寧に確認していく。この間に戦士枠が埋まればいいのに…などとは決して考えてはいない。


 時間をかけ、ゆっくりと一通り確認したおかげか、ロイドは戦士証の違和感を発見した。


「えっと…バスタインさんですよね。こちらの戦士証には年齢が17歳とあるんですが…それに使用武器はレイピアで出身は雪の街ゴルビックで合ってますよね…」


 ロイドは戦士証を確認しながら、目の前にいるいる男を観察する…目尻にしっかりと刻まれたシワに白髪交じりの無精髭、さらに小麦色の筋骨隆々の手には棍棒が握られている。そして…


(顔が全然ちがうじゃねえか!!)


 戦士証に載っている本人の自画像は爽やかな色白の少年。しかし今、目の前にいるのは下手したらオーガだ。


「申し訳ございません。提出して頂いたモノと少し異なる部分があるようなので少しお話を…」


バン!!


 ロイドが懇切丁寧に戦士に説明を始めたが、窓口で散々待たされ、我慢の限界を迎えていた自称バスタインはロイドの言葉を止めるように窓口にその大きな拳をぶつけた。


「そんなことどうでもいいんだよ!お前はさっさと俺を冒険者名簿に登録すればいいんだこの役人風情が!!」


 まるで本物のオーガのような大声が響き渡り、一瞬ホール内が静まり返った。


「ふん、わかったらさっさとしろよ。おれはお前たちと違って忙しいんだ。これから魔王討伐の旅に出るんだからよ。」


 戦士は少しトーンを落とし手元の書類を何回か叩きながら答えをまっている。


「ほお、貴様。私たちがそんなに暇に見えるのか?」


 ロイドの後方から頭の両端から角を生やし、翼を畳んだ美女が戦士に静かに問いかけた。


「エルさん?なんでこんなところに?」


 ロイドは思いも寄らない声に驚いてエルと呼ばれる角と羽根が生えた美女のほうを向いたが、彼女は全く意に介さず、ロイドの手元の書類を手に取った。


「ふむ…パスタインさん。申し訳ないが、この戦士証では名簿に登録はできない。しかもこちらの記録表の書き方もめちゃくちゃだ。そして…そもそもだが、戦士証の偽造もしくは他人の物を使用することは罪になる。悪いが、ご同行願おうか。話しはそこで聞こう。」


 エルは手元の書類一式を突き返すと右手の人差し指を入り口付近にいる衛兵に見えるように挙げ、何度か折り曲げるような動作をする。

 それを確認した衛兵は駆け足で駆けつけ、自称戦士の腕を掴んだ。


「この魔物が!こっちが大人しくしていれば調子に乗りやがって!!」


 戦士は衛兵の手を振りほどき、棍棒を思いっきりエルに向かって振り下ろした。


「やれやれ…大人しいって言葉の意味を知っているのか?」


 棍棒がエルの脳天に直撃したものの全く、彼女は表情を変えず、腕を組んだままであった。その様子を見て、たじろぐ戦士と懐かしむように見守るロイド、慌てふためく衛兵に何事かと集まる野次馬たち。


 「はぁ~」と大きなため息をついたエルは左手で棍棒を払いのけると力なく棍棒を大きな音を立てて窓口の机に落ちた。


「これ以上は我々、役人と魔族の沽券に関わる。悪いが君には罰を受けてもらおうか…」


 エルは静かに右手を戦士に向け、手をゆっくりと開く。


「ほかの人間に危害があってはいけないからな出力は極力抑える。心配するな、恐らく死なないさ…【ダークフレイ厶】」


 その一言により一瞬、黒い炎に男が包まれ、炎が消えたあとには口から煙を上げ、体中が黒いススまみれになっていた。


「エルさん?大丈夫なんですか?あれ…まだ生きてます?」


 ロイドが男が膝から崩れ落ちる様を見ながら確認を取るが、エルはため息をついた。


「あれで、死ぬようなら私の力の使い方が鈍ったということになるが…おや?大丈夫のようだぞ?」


 小麦色から墨色に変色した男はこちらを睨みつけ、立ち上がろうとしていたが、エルは窓口から男のほうに近づき、しゃがみ込み、男の両頬を力いっぱいつまんだ。


「これ以上…我らに歯向かうと言うのなら…蘇生魔法が使えないように跡形もなくこの世からお前の痕跡を燃やし尽くしても良いのだが?」


 その言葉でついに男は観念し、衛兵に連行されて行った。その様子を見ていた野次馬たちもまた手続きやら相談へと戻っていく。


「ところで、ロイド君。公務の執行者である我々は私情を持ち込んではいけないし、平等に業務を行わなければいけない。君の先ほどの仕事ぶりからして…まだ研修期間を続けてもらわなければいけないな。」


 エルはそう言い残し、騒がしいホールを抜け、役場を出ていく。ロイドはその後ろ姿が見えなくなるまで見送ると再び、窓口へと戻り、業務に戻ったのであった。


………ここは魔王立リネーブ総合冒険者組合。彼がここで働き始めたのはほんの数ヶ月前である。


ーーーーーーーーーーーーーーー


初めて俺が剣を握ったのはたしか、10歳の頃だったと思う。事の発端は隣の爺さんの畑が山から降りてくる魔物に荒らされたってうちの母ちゃんにボヤいてるのを聞いたことだった。


 俺はそのまた隣の家に住む兄ちゃんから木刀を借りて、夜、母ちゃんにバレないようにそっと家を抜け出して爺さんの畑に忍び込んで家の影から息を殺して畑を見つめていたんだ。

 あのときはすごくドキドキしていたさ。そんなこんなで待ってると畑の裏手にある山から岩みたいにデケぇ…いや、まぁ子供の俺からするとデカいって意味で実際はまぁ…なんだ。そんな話は置いといてだな。

 岩みたいな子供の俺より少しデカい角の生えた魔物がゆっくり現れたんだ。後からあの魔物が【ホーンボア】っていう名前だって知ったよ。


 そんな魔物に俺は気づいたら木刀片手に立ち向かったってわけだ。今思えば無茶なことしたぜ。一歩間違えてたら俺の人生は10年で終わっちまってたんだからな。

 でもまぁ…俺には幸い剣の才能なのか強運なのか…はたまたその両方があったらしくてな。何回か空に放り投げられたりして…そういえばあの時見たのが走馬灯か…

 どれだけの時間が経ったか分からないが、ボロボロになりながら俺は魔獣を撃退することに成功したんだ。そして俺はそのまんま畑に倒れ込んで朝を迎えたってわけ。


 翌朝、みんなの想像通りだと思うが一応説明させてもらうと…

 

 一番最初に俺を見つけたのは爺さんだった。そりゃびっくりするよな?隣の子供が木刀片手にボロボロになって畑の真ん中で倒れてんだから。

 爺さんは俺を抱いて母ちゃんのところに急いで駆け込んだらしい。その時のがきっかけで爺さん、腰が曲がって丸くなってたのにびっくりした拍子に治っちまって今でも元気に畑仕事してるよ。

 それで同じく驚いた母ちゃんが村全体に響くくらい悲鳴を上げたあと、すぐに部屋に俺を寝かせて医者を呼んで見せたらしいんだけどまぁ、かすり傷と軽い打撲ってことで簡単な回復魔法をかけて帰ったらしいんだ。


 そしてここからが大変…


 俺が目を覚ますと母ちゃんに思いっきり抱きしめられた後に大目玉を食らった。しばらくして歩けるようになったら母ちゃんと爺さんのところにお礼を言いに行った時に畑を見たら昨夜の《《死闘》》でもう無茶苦茶…

 でも爺さんは怒らなかった。俺の無事を喜んでくれて、俺が爺さんにも怒られたくない一心で事情を説明するとすごく感謝してくれた。


 それが俺にとって辛かった。


 俺はその日、決めたんだ。 

 ちゃんと強くなろう。そして魔王を倒してこの世界に平和を取り戻すんだって!


 そして今日…16歳になった俺はこの村を旅立つ…魔王を倒す為に!


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ほーら!ロイド、もう!忘れ物はない?ポーションは?毒消し草は?それと…松明は?」


「大丈夫だよ母ちゃん。ほら、街までの地図もあるし、隣の爺ちゃんから貰ったコンパスもあるよ!」


 ロイドは靴紐を結びながら後ろで不安そうな顔を浮かべる母に明るく返した。


 ロイドは今日、この街を旅立つ。魔王を倒すために。


「私は心配だよ…今からでも辞めないかい?」


 ロイドの母であるアリーシャの提案はあっさりと拒否される。


「何いってんだよ。俺はこの日のために鍛錬を積んできたんだ。心配しなくても大丈夫だよ。絶対に魔王を倒して世界に平和を取り戻すからさ!」


 そう言うとロイドは勢いよく家を飛び出した。実はというとロイドもこのまま母と話してると決心が揺らぎそうだったからである。

 ロイドは村への未練を断ち切るようにそのまままの勢いで村を後にした。


 残された母が呆気にとられていると、開いているドア越しに村長が声をかけてきた。


「おや?ロイドはもう出ていったのかい?早いね〜。」


 村長は見事に磨き上げられた頭をさすりながら思い出すように続ける。


「あれからもう六年か…子どもの成長というのは早いのお。」


「そうですね。あんなに小さかった子がもう旅に…それも魔王を倒しだなんてね。」


 アリーシャも背中の見えなくなったロイドの姿を見送るように答える。 


「それにしても随分と逞しくなったの。今じゃロイドに勝てる者はこの村ではアリーシャ…お前さんくらいなもんじゃよ。」


「ええ…そりゃ母は強しと言いますもの。それは自分の子に対しても同じです。でないとあの子が帰ってくるところを守れませんもの…」


 そう言いつつアリーシャは目を伏せ、もう一度ロイドの走り去った方に目線をやった。


「ところでどうじゃ?そろそろおぬしも相手を見つけてはどうかの?良かったらワシと結婚とまではいかんでも付き合ってみたりとか?」


 村長は磨き上げた頭を照からせながら頬をピンクに染め、摘んだばかりの花を捧げるように告白すると、アリーシャは玄関の方へ駆け出し


「冗談は顔だけにしてくださいね?」


 と笑顔でお断りを入れ、勢いよくドアを閉めた。


「ふむ…今日も駄目か…なら次はルーシーのところへ行くか。そういえばロイドに伝えなければいけないことがあったんじゃが…まぁ街に着けば、分かるじゃろ。それよりも嫁探しじゃ!」


 村長は杖を片手で器用にくるくると回しながら次の標的の元へと向かった。


 そんなやり取りがあったことはつゆ知らずロイドは村から数キロのところまで駆けていた。すでに村はぼんやりとしか見えない。ロイドはゆっくりと速度を落とし、歩きはじめ、鞄から地図を取り出した。

 村から一番近い街、リネーブまで早くても野宿をしながら3日ほどかかる。


「よし!じゃあ今日中に森を抜けるか!」


 ロイドは足取りも軽く、目の前に広がる森へと歩みを進めた。

 このあと、彼にいくつもの試練が待ち受けてるとも知らず…

 

ーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 リネーブ、西の入り口に木の枝を杖代わりにし、衣服はところどころ破れ、身体に無数の切り傷を負った不審な男が虚ろな目で彷徨っていると街の警備隊に連絡が入ったのはまだ太陽が顔をのぞかせたばかりの朝方であった。


「止まれ!お前は一体何者だ!」


 甲冑に身を包んだ数人の兵士が槍を構えて男に問いただした。


「お、おれは…ロイ…」


 男は声を絞り出したが、それが男に残された最後の力であった。男はその場に崩れ落ち、顔面を強打。どうやら意識を失ったようだ。

 兵士たちは遠巻きに男の様子を見守っていたが、そのうちの一人が静かに近づき、槍の柄のほうでつついてみるも反応はなかった。


「よ、よし。危険はなさそうだ!こういう時はどうする!?」


 動揺する兵士たちを諌めるように静かに女が指示を出した。


「落ち着きなさい。どうやら旅人のようですね。すぐに医務室に…ああ、あなたは急いで……」


 女の姿ははっきりと見えなかったが、それが本当に意識を失う前にロイドが聞いた言葉だった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「では…君の名前とここに来た目的を教えてもらおうかな?あっ、それと今回の治療代は2千ルクスね。」


 ロイドがベッドで意識を取り戻りたのは昼過ぎ。そのまま、はっきりしない頭のまま調書を取られることになった。


「2千ルクス!?いや、ちょっと高すぎませんか!?」


 訂正する。金額を見て、ロイドの頭は覚醒した。もう一度、手元に渡された請求書と書かれた紙に書かれた額を確認する。


「あっ、間違えてたね。2万ルクスだ。最近、忙しくてね。私も残業が多くて妻には怒られるし、上司には仕事が遅いと…」


 村では見たことのないような高価そうなマントの間からシワが寄った白いシャツを着た顔色の悪い男が、自分の身の上話を始めたが、今はそれどころではない。


 「2万ルクスなんて持ってませんよ!村の医者だってそんなにとりませんよ!?せいぜい500ルクスくらいなもんで…」


 ロイドは必死に抗議したが、相手の男は全く気にしない様子で淡々と説明を始めた。


「これに関してだかね、まず君はこの街の保険に入ってないから実費になっちゃうんだよね。この街の住人なら3割負担で住んだんだけど。それと今回、君を治療したのは医者じゃなくて僧侶による魔法【ヒール】だ。魔法は医療行為による治療よりも高くついちゃうからね。それに…」


 ロイドは混乱した。知らない単語が次々と疲弊した頭にダイレクトアタックを仕掛けてくる。ああ…これが魔法ってやつか…とロイドが再び意識を失いかけると調書を取りに来た男は話を止めた。


「ちょっとまた意識をなくさないでくれ。この仕事が終わらないとまた残業が増えるんだ。もう妻と上司の小言を聞くのがうんざりなんだ…」


 男は涙を浮かべ、ロイドに訴えかけたが、泣きたいのロイドのほうだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「えっと…俺の名前はロイドです。この街にはその…うちの村から一番近い街がここなんでとりあえずここに来ようと思って…」


 この男…この街の役人だと言うジャスティンさんの身の上話を一通り聞く羽目になり、調書を取り始めたのは日が傾き始めた頃であった。落ち着いて周りを見渡すと広い医務室と思われるが今は自分しかここを使っていないようだ。


「ロイド君ね。それでこの街に来てそれからどうするつもりだったんだい?」


 ジャスティンは赤くなった鼻を鳴らしながら手元にある紙にメモを取っていた。ジャスティンさんが経験した理不尽な奥さんからの怒りベスト3はなかなか聞き応えがあった。


「ああ…えっと。この街は大きいんでここで情報を集めようかなって。それに旅の仲間とかも…」


「なるほどね。旅か…いいね。若いうちにいろいろ経験することはいいことだ。それに出会いは一期一会、ここで良い仲間が見つかるといいね。それで旅の目的は?自分探しの旅とか?」


 さすがに自分探しの旅をするほど人生に迷ってはいないし、そんなので見つかったら苦労はしない。ロイドは真っすぐジャスティンの方を見て答えた。


「魔王討伐です!俺がこの世界を救うんだ!」


(決まった…)とロイドは会心のキメ顔でジャスティンの反応を待ったが彼は小さく「へぇ~」と言うと手元の紙にメモをしている。


「えっと…魔王討伐ですよ?そのなんか…ないんですか?」


 ロイドは少し焦ったようなトーンでジャスティンに話しかけるが、全く動じていない様子であった。


「なにって?なにかな?ああ…そうだね。頑張ってね。」


 思っていたのと違う。もしかしてなめられているのか?それとも冗談と受け取られているのか?とロイドはさらに焦った。きっと自分の熱意が足りなかったのだと改めて旅の目的を説明することにした。


「ジャスティンさん…俺、本気なんすよ。俺は本気で魔王を倒すつもりでここに来たんです!」


 しかしジャスティンは同じようにメモを取り続け、目的と書かれた欄に『魔王討伐』と書いた上で(本気)と書き加えた。それを見て少しロイドは顔を赤らめた。


「なるほどね、それでロイド君はどこの村から来たのかな?エディソン村?それともホルツかな?」


「アプルド村です。」


ロイドはうつむき加減に呟くように答える。


「ア、アプルド!?」


 ジャスティンは信じられないと言った顔で持っていたペンを落とし、ロイドを見つめる。ロイドがさっきの答えで欲しかったリアクションが1問遅れで返ってきた。


「なんか、おかしいですか?」


 ロイドは不貞腐れながら顔を上げ、ジャスティンを見つめ返した。


「いや、だってアプルドだろ?あのアプルド…リフテシアの森の奥にある…凄いな…君は…」


 【凄いな】という単語で再び息を吹き返したロイドはここまでの道のりをジャスティンに語り出した。

 ジャスティンが調書の続きを質問をしようとしたがもう止められない。さっき身の上話を聞かされたのだから次はこちらのターンだ。

 ロイドが話し始めるということは、ジャスティンの本日の残業が決まった瞬間であった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 「そう!そして俺は最後の崖を登りきったその瞬間、朝日が俺を祝福してくれたのである!!」


 ロイドによるジャスティンの為の一人芝居が佳境に入ったのは既にこの医務室からこの二人を除いて誰も居なくなった夜更けであった。

 そしてロイドは満足であった…この街にたどり着くまでにいくつもの試練を乗り越えたということを伝えられたのだから…ジャスティンも涙を浮かべている。

 きっと俺の冒険譚に感動したのだろう…途中、「残業だ…」という悲しい声が聞こえたのもきっと俺の幻聴だ。


「そして俺はなんとかこの街に命からがらたどり着いたというわけだ。以上!」


 ロイドは話し締めると同時に軽く頭を下げた。ちなみに途中でロイドは起き上がり、ベッドを即席の舞台として冒険譚を披露したのだった。

 これは魔王討伐後に語り継がれる物語の序章となること請け合いだ。


「えっと、つまり君はここへ来るまでに川へ落ちていろんなものを落として、今お金が無いってことを伝えたいんだね。」


 ジャスティンは完全に折れた心をなんとか立ち直らせ、ロイドの数時間に及ぶ苦労をたったの数秒でまとめ上げた。


「はい。まぁ確かに、そのとおりです。」


ロイドはそそくさと毛布を被り直し、病人へと舞い戻る。


「それは大変だったね。でも規則は規則だし…ただ、魔法で治療したのもこちらが判断した結果だからなぁ…。逮捕して独房に入れるのも可哀想だしなあ。」


 ロイドの一人劇は全くの無駄では無かったようだ。ジャスティンはペンの背で頭を掻きながら色々と思考を巡らせ、一つの結論に至った。


「仕方ありませんね。とりあえず治療代に関してはもう一度、明日にでも上司に相談してみましょう。それに、君の持ち物を調べさせてもらいましたが、怪しいものというより、コンパスとボロボロの地図、それにお母さんからかな?手紙と3千ルクスが入っていたくらいだから君の話も信じるに足りると判断しました。それと…」


 ジャスティンがメモをとりつつロイドに説明をしている途中、廊下の方から足音が聞こえ、ロイドはただならぬ雰囲気を感じ取った。


「帰りが遅いと思ったらまだ調書を取っていたのか?ジャスティン君。」


 静かに…それでいて威厳のある女の声が聞こえたかと思うと、医務室のドアがゆっくりと開いた。


 医務室に入ってきたのは綺麗に整えられた赤いショートボブに切れ長の瞳、そして透き通るような白い肌。そしてジャスティンよりも高貴そうな赤を基調とした制服に身を包んでいるが、この世の全ての男を魅了してしまいそうなボディラインを隠しきれていない女が入ってきた。


 しかし彼女には明らかに違和感があった。


 その女には二本の角が頭の両サイドから生え、大きな翼を折りたたんでいたのだった。


「ジャスティン君。また残業のようだが…今週はもう3日連続だ。上司として君の仕事を管理するこちらの身にもなってほしいんだが…」


 ロイドは人ではない者がジャスティンに話しかけているさなか、ベッドに立てかけられている剣を握りしめた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ロイドはゆっくりと片手で剣を握りしめると音が鳴らないようにゆっくりと上体を起こす。


 まだ女の怪物はジャスティンに何かを話しており、それを聞いているジャスティンの顔色は悪くなっている…恐ろしい悪魔の言葉でも聞かされているのだろう。

 ジャスティンは小さく「はい…はい…」と頷くばかりだ…時々、怪物の愚痴のようになものも聞こえてくるが幻聴に違いない。


(おのれ…怪物…おれが今、助けてやるからな!!)


 ロイドは両手に剣を持ち替えるとベッドから飛び出し女に斬りかかった。女はこちらを向いてもいない。

「よし!やったぞ!」とロイドが声を上げたと思うと剣は確実に女の側頭部を捉えたはずなのにまるで石にでもぶつけたように弾かれた。


「なんだ…少年。遊んでほしいのか?悪いが今は部下への指導中でな。少し待ってもらえるか?」


 女は何事もなかったかのようにロイドのほうを向き、諭すように話す。


「ロイド君、やめなさい。この方が君を…」



 ロイドの耳にはもう何も聞こえていなかった。弾かれて崩れた体勢を整え、すぐさま胴体をめがけ水平方向に剣を振るが、今度は身体に触れることもなく切っ先を左手の人差し指で止められてしまった。


「血気盛んなのは若者の特権だな。ジャスティン君も見習いたまえ。君にはこういう積極性が無く、いつも指示待ちで受動的にしか動けないことが君の欠点であり…」


 横にいるヨレヨレのシャツの男が小さくなりまた「はい…」と生気なく答えている。

 よくわからないが、ジャスティンの方がダメージを負っているようだ。おのれ怪物め。


 ロイドは剣を引き、バックステップで距離を取る。そして医務室の端につくと左足の裏を壁につけクラウチングスタートのように駆け出し、渾身の突きを繰り出した。


「雷鳴閃!」


 ロイドが叫ぶと剣の周辺に閃光いくつも走り、ロイドの身体を電流が包み込みその突きはまるで巨大な雷の槍のようであった。


「ほお…その年でその技を…」


 女は槍の矛先が当たる瞬間、左手を下から上に払うと、稲妻が下から天井に向かって弾かれ、ロイドは屋根を突き破り天高く放り出されてしまう。

 すっかり纏っていた電流も消えたロイドは焦った。

「あっ…この高さから落ちたら終わりだわ…」


 その様子を見ていた女は払った左手を眉のあたりに置き、観察しながらジャスティンに問いかけた。


「あの少年から医療代は回収できそうかね?」


「えっと、彼の所持金は数千ルクスほどでして。持ち物を売ったとしても難しいかと。」


 その答えを聞き、女は折りたたんでいた翼を広げ、ロイドの元へと飛び立ち、瞬く間に彼をお嬢様抱っこのような形で受け止めた。


「離せ、怪物め!俺がお前たちを…」


「落ち着きたまえ。」


 ジタバタするロイドに声をかけると目を見つめて呟いた。


眠れる羊たち(スリーピングシープズ)


 その一言でロイドは一瞬で深い眠りに落ち、女はジャスティンにロイドを預けた。


「ロイド君、後のことは頼んだよ。残業の件だが今回は不問としよう。私にも落ち度があったからね。では私は失礼するよ。」


 女はそれだけ言い残し、颯爽と医務室から出ていった。

 残されたジャスティンを穴の開いた屋根から溢れる月光が照らし出した。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 ロイドが目を覚ましたのは朝日が大地を照らし始めた早朝であった。ぼんやりとした深い青色がロイドが見たこの日最初の景色であった。


 (あれ…いつの間に寝てたんだろう。確か昨日は…)


 段々と視界がはっきりとし、ロイドの目にはっきりと青空が目に映った。

 天井にポッカリと空いた穴からどこまでも高い空と流れる雲、そして何羽かの鳥が飛んでいる。

 「ああ…夢?」と思い込もうとしたロイドに現実を見せるためなのか、1羽の鳥から白い物体がロイドの顔面をめがけ投下され、見事に顔にヒットした。


「うやややや!!」


 ロイドの奇声により医務室に白い医療用と思われる白衣を着たかっぷくのある壮年の女性が慌てた様子で入ってきた。


「これ以上はこの病院を壊さないでください!!」


 白衣の女性はロイドにその勢いのままぶつかり、ロイドはベッドから吹き飛ばされ、床に転がったが、その拍子に昨日のことをあらかた思い出したのだった。


「あの、怪物!クソ!どこに行った!?」


「クソはあなたの顔に付いているものです。さぁ、こちらに来なさい。」


 そう言うと女性もベッドから立ち上がり、近くの棚から白い紙を取り出し、歩み寄ってきたロイドの顔を拭いた。


「本当に朝から大変だったんですから…法務官補佐のジャスティンさんに呼ばれて病院に来てみたらこの有様なんですもの…」


 女性は文句を言いながらロイドの顔をガシガシと力強く吹き続けている。すでにロイドのおでこは真っ赤になりつつある。


「まぁ、病院でケガ人が出なかっただけでも良しとしましょう。」


 一通り拭き終わると棚の上に置いてあったスプレーをロイドの顔に吹き付け、そしてもう何度か強く拭き、匂いを確かめた後に「良し」という一言と背中をパンと叩いた。


 ジャスティンさんに連絡を入れるからここで《《大人しく》》待っているようにと念を押されたロイドは静かに天井の穴から空を見つめていた。決して鳥に怒っているわけではない。いや、少しはムカついている。


 怪物との差があんなにあったなんて…そしてなぜ自分が生かされているのか…。殺すまでもないということか。そしてこの街に怪物がいるのに何故、こんなに平和なのだろうかと…ロイドは旋回する鳥に注意を向けながら考えに耽っていた。


 数十分ほど鳥にメンチを切っていると、先ほどとは違い、ゆっくりと医務室のドアが開く音が部屋に響き、ロイドがそちらを向くと昨日の女がそこに立っていた。


「怪物め…!!やっぱり俺を殺しに…」


 ロイドが再び臨戦態勢に入ろうとするのを手で制しながらゆっくりと近づき、ベッドの横に置いてあった椅子をロイドの近くに置き、座った。


「な、なんのつもりだ…」


 ロイドはベッドの上で上体をその女に向け、対峙した。


「なるほど、看護士から連絡を受けた通り、元気のようだ。すっかり傷も…いや、傷は昨日、魔法で治療済みだったな。私は君に怪我をさせた記憶もないしな。」


 女は折りたたまれた翼を小さく動かし昨晩のことを思い出させるように話し始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ジャスティンはどうした!?さては!お前!!」


 ロイドは再び立てかけられた剣を握ろうとする。


「元気なのは良いことだが、人の話を聞けと言うのを教えてもらっていないのか?ジャスティンなら今日は休ませた。そろそろ奥さんからこちらに文句を言われそうなのでな。」


 女はゆっくりと足を組み、余裕の笑みを浮かべながら話しを続ける。ロイドはその態度に少し緊張を緩ませる。


「よろしい。少しは冷静になったようだな。自己紹介が遅れた事は謝罪しよう。私の名前はエルトール=アーバレスト。エルで構わない。この街の法務長官だ。以後よろしく頼むよ、少年。」


 そう言うとエルは左手を差し出し、握手を求めた。しかしロイドの警戒はそれを許すほど緩んではいなかった。


「君がそういうスタンスを取るなら構わない。それぞれの主義思想があるのだから強制はしないが…それより、君に伝えなければいけないことが2.3ある。」


 差し出した手を引っ込め、エルは右の内ポケットから3枚の紙を取り出し、空中に浮かべるとそのうちの1枚を手に取り目を通しながら説明を始めた。


「まずは良い知らせから話そう。少年、君の嫌疑は晴れた。すまなかったな。最近、この近くに山賊が現れると言う情報があってな。だが、ジャスティンの調書から君は無関係の冒険者ということに私も異論はない。よってリネーブは君を歓迎しよう。」


 エルは大袈裟に両手を広げ軽く頭を下げた。そして顔を上げなから彼女の周りを舞っている2枚目の紙を取り、続ける。


「そして、治療代のことだが、私がこの病院への搬送と魔法での治療を指示した。よって、今回は非常時による保険適用とし、君が払うべき治療代は1500ルクスと決定した。」


 ロイドはその説明を聞き、少し嬉しさが漏れそうになったが、すぐに頭を左右に振り、再びエルに注意を払った。


「そして…3つ目だが…こちらは君にとっては悪い知らせになるな。」


 エルは足を組みかえながら少し不敵な笑みをロイドに見せる。


「ロイド君、君は逮捕される。罪状は以下の3つ…公務員の長時間の拘束、医療現場による戦闘行為、そして…その相手が私だということだ。」


 ロイドは警戒を最大限にまで引き上げ、左手で剣を強く握りしめた。


「どういうことだ?怪物に剣を向けて何が問題なんだ?」


 医務室に緊張感が走る……ということもなくエルは思わず吹き出した。


「ハハハッ…いや、失敬。君は本当に何も知らないんだな。確か君の出身はアプルド村か。村長クラスには伝わっていると思ったが、君は村を出るのは初めてかい?」


 エルが緩んだ顔をまた余裕のある笑顔に戻し、ロイドに優しく問いかけた。


「ああ…それがどうした!?村を出るのは初めてだ。なんだ?田舎者ってバカにしたいのか!?お前たち魔物とその魔王を倒すためにここまで来たんだ!」


 ロイドの中に別の怒りが沸き起こったが、エルはエルで今の答えを聞くなり軽く握った手を顎を乗せ、考えるような素振りをすると今度は真面目な顔で質問してきた。


「一応…確認の為なのだが…。君が魔王様を倒したいということは調書で知っている、つまり君はこの街に《《勇者登録》》をしに来たということで間違いないか?」


「勇者登録!?」


 ロイドは初めて聞く言葉に思わず間抜けな声を上げ、エルはその反応を見て少し困った顔を見せた。


「なるほど…、ここまでの君の態度や反応、そしてその答え…嫌な予感はしていたがまさか本当に何も知らずにここへ来たのだな。世間知らず…いや、これは私たちの情報の伝達手段のミスか、あるいは……帰ってから議題に上げなければいけないな。」


 エルが独り言をひとしきり言い終えるとロイドの方へと向き直り改めて、話し始めた。


「失礼。ではロイドくん。改めてこの世界の真実を教えてあげよう。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「世界の真実?」


 ロイドは息を呑み、エルに対峙する。


「とりあえずその剣をしまい給え。君がおとなしく話を聞く限り、私は君に危害を加えないよ。約束しよう。私たち悪魔族は契約にはうるさいんだ。」


 そう言うと両手を広げて見せ、敵意のないことをロイドに示した。そしてロイドも信じ切ってはいないものの、昨晩で実力差を思い知っていたので、ひとまず剣をすぐに掴めるところにそっと置いた。


「よろしい。では、君は40年ほど前に起きた魔人戦争というものは知っているかな?」


 「知らない」と言わんばかりにロイドはゆっくりと首を左右に振った。


「では最初から順を追って説明しよう。我らが魔族史上最強と謳われる魔王、ヴァルザーク様は魔族間による争いをたった一人で終わらせ、そして次なる標的に人類領へと侵攻を開始し、人類側もここ、ルミナリア王国を中心とした連合軍が迎え撃つこととなった。……」



ー今から43年前 ゴーズレイ草原ー


「我が君…山の麓に人類軍と思わしき一団が既に布陣を終え、こちらの様子を伺っていると偵察部隊から連絡がきました。」


「ご苦労…ではそろそろ戦を始めるとするか…。それにしてもエルトールよ…人類軍は思ったほど多くはないように思うのだが?」


 鈍く光る銀の鎧を纏いし異形の怪物…魔族軍の総大将にして最強の王と言われるヴァルザークは腕を組みながら遠くに見える一団を見渡しながら威厳のある声で疑問を側近の悪魔族に投げかけた。


「はっ。人類側に放った間者からの情報によりますと、どうやら連合国とは名ばかりでお互いの国同士が足の引っ張り合いをしているらしく、エルトリア共和国が何とか間を取り持って結成された…とのことです。」


「気に食わんな。魔族でも我が……なぁエル?普段の話し方に戻していい?この声、すごく喉痛めそうなんだけど?」


 魔王は少しかがみ、エルに耳元でヒソヒソと話しかけた。しかしエルは魔王の方を向き、堂々と言葉を返す。


「それはいけません。わが君の晴れの舞台…魔族側にも人類側にも威厳のあるお姿を見せなければなりません。魔族と人類の雌雄を決する大きな戦い、つまりこの先の歴史に貴方様のお名前と勇姿が残るのですから!」


 魔王はその勢いに押され、小さくなったがエルに小言を言われ、渋々、姿勢を正した。


「んん…、ではエルトールよ。この戦いの幕を上げるとしよう。」


「御意。」


 魔王はゆっくりと魔族たちが作った道を歩き、軍の最前線に立った。

 この戦い、肝となるのは人類側最強の戦士と呼ばれる男、ザルディン。魔王はこの男との戦いを楽しみにしていたのである。

 ヴァルザーグはあまりにも強すぎたので、魔族間の統一戦争では本気を出せる相手とは出会わずして終わらせてしまったのであった。そしてこれが恐らく魔王にとって最後の戦い。


「では…楽しもうぞ。」


 思わず笑みが浮かぶ。人類最強とはどれほどなのだろうか…。負けても悔いはない。


 魔王は人類軍に向かって咆哮を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「それで…それで戦いはどうなったんだ!?」


 ロイドは話に食い入るように聞き入って剣のことなど頭の片隅にもなかった。


「そう慌てるな少年。余裕のない男はモテないぞ。」


 エルは足を組み替え、ベッドそばに置かれていた水で口を潤し、話を続ける。




「グオオオオオ!!」


 魔王の咆哮により火蓋が切って落とされた魔人戦争。……しかしここで魔王は想定外の事態に陥ることになる。…人類軍がほぼ壊滅状態となっていたのだった…。

 咆哮を終え、それに呼応するように人類軍へと突撃を始めた魔王軍もその光景に思わず、足をとめた。


「え?あの…俺の目がおかしくなかったら立っているの一人だけだよな?」

「あ、ああ。俺の目にも同じように見えるぜ。」


 先陣を走っていたゴブリン突撃部隊はお互いの頬をつねり合ったり、ビンタをして現実を受け止めようとしている。


 「まさか…これは人類側の魔法…。そうだそうに違いない。おのれ、小癪な!幻覚魔法などと卑怯な手を…」


「いいえ、我が君。人類に魔法を使える者はいません。現実ですよ。イービルアイを使いましたが間違いなく人類軍は壊滅しております。」


 エルは怒りに震える魔王に淡々と状況を説明しはじめた。


「なお、各方面に向かった幹部からも連絡が入りました。炎帝ジュラ様、氷姫メルトリス様、轟雷アバストロ様、暴風トト様…いずれも人類軍のルミナリアを除く主要五カ国のうち四カ国の制圧を完了しております。」


「弱っ!!え?まだ俺戦ってすらないんだけど!?人類軍ってそんなに弱いの!?」


 報告を受け、魔王は驚きと動揺を隠せなかった。しかしエルはどこから出したのか、何枚かの紙を見ながら続けてその問いに答える。


「はい。弱いです。クソ雑魚です。人類は数は多いですが、剣と粗末な火器を使用するくらいでこちらの戦力とは比べ物になりません。我々は魔王様を筆頭に強靭な肉体に圧倒的身体能力。さらには魔力を利用した魔法……人類など秒殺です。」


「ええ…」と魔王は肩を落とし、エルの話を黙って聞くしかやることがなかったが、思い出したように人類軍で唯一立っている男を指差し反論した。


「見、見ろ!我の咆哮で倒れなかった者もいるぞ!ヤツなら俺といい勝負を…」


 しかしエルはため息をつき、答えた。


「確かに魔王様の咆哮には魔力が含まれるため、人類でありながら立っているのは称賛に値します。《《ですが》》!魔族ならそもそも倒れるほうが圧倒的に少ないですよ?ゴブリンですら半数は耐えられます。」


 エルは更に立っている男を凝視しながら言葉を続けた。


「それに見てください!もう虫の息ですよ?」


 人類最強の勇者ザルディンは国王からもらった宝剣を杖代わりにやっと立っているというよりすがりついているような状態であった。それに心なしか若干小刻みに震えているようにも見える。


「いや、まだわからんぞ?……んん。ならば我が直々に相手をしてやろう。人類最強よ…決着をつけようぞ!」


 魔王はエルの方を全く顧みず飛び出した。

 このまま問答を続けていても論破され泣いてしまいそうであったのと、一縷の望みをかけたかったのだった。


 魔王は勇者に対峙するとプルプルと震える勇者に向かって、ダメージを与えないように慎重に声を出した。


「人類よ、いや、勇者ザルディンよ…よくぞ……そうだ!。うむ。よくぞ我が咆哮に耐えきった。」


 魔王は勇者を身体的にも精神的にも傷つけないように言葉を選ぶ。


「魔王…ヴァルザーク…!いきなりあんな攻撃をしかけてくるとは!!ハァハァ…恐ろしい奴め!」


(ただ、味方を鼓舞する為に叫んだなんて絶対に言えない!)


 魔王はさらに気を引き締め勇者に語りかける。


「さぁ、来い!勇者よ!この戦いの幕を下ろそうぞ!」


(しまった!つい、最後だけ気合を入れてしまった!)


 魔王は思わず口を両手で押さえたが、時すでに遅し…勇者はその言葉の圧により膝から崩れ落ち、剣の落ちる悲しい音によって魔神戦争は終結したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「あ〜あ。我が君…やっていまいましたね。」


 上空からエルがゆっくりと翼を畳みながらピクピクと痙攣する勇者を見ながら魔王の横に降り立った。


「いや…俺はコイツに発破をかけようと…」


 魔王が何やら言い訳をしたそうにモジモジしているが、エルは気にせず魔王に問う。


「では魔王様。おめでとうございます。世界は貴方様のモノでございます。城にて祝宴の準備は出来ておりますが…それとも人類を根絶やしに致しますか?」


「根絶やしは酷くない!?俺でもそこまでしないよ!?統一戦争の時も君たち悪魔族含めてみんなの命保証したよ?」


「かしこまりました。ではいかがいたしましょう?我が君…。」


 魔王は悩んだ。生まれてこの方、戦いのことしか考えていなかった魔王はひとしきり考えた後に一つの考えを思いついた。


「エルよ。一つ確認したいのだが…人類から我らに対抗できる者が現れる可能性はあるか?」


 エルはその問いに一拍置き、その可能性について答える。


「可能性はゼロではありません。この勇者のように魔力適性のある者もいますし。ただ…このままであればかなり低いですね。しかし可能性があることには間違いありません。やはり滅ぼしますか?」


 エルは勇者に向かって魔法を展開しようと魔力の収束を始めたが、魔王は慌ててエルと勇者の間に割り込んだ。


「待った!待った!なんでそんな滅ぼしたがりなの!?そういう癖なの!?……人類は俺が…いや我ら魔族が支配するのだ。そして育てるのだ…俺と戦える真の勇者をな!」


 ヴァルザークは内心迷っていた。もしかしたらこの決断が改めて魔族間の争いを…いや、自分と魔族の争いになるのではと。しかし、その心配は杞憂へと変わる。


「かしこまりました。では早速その手はずを進めます。まずは人類同士のいざこざを解決して育成のための土台を作りましょう。良い農産物を作るのと同じで土壌がしっかりしていないと良いものができませんから。」


「良いのか?俺たちの障害に…もしかしたら魔族を滅亡させてしまう結果になるかもしれないのだぞ?」


 エルは「やれやれ」と小さく左右に首を振ると魔王の目をまっすぐ見た。


「我らが王であるあなたの決定に誰が異論を持ちましょうか?我らは貴方様の忠実なる下僕にして共に歩む者…そしてあなたに敵うものなどありはしないと信じる者たちであります。魔王ヴァルザーク様…貴方のお好きなように…我らはそれを全力でお支えいたします。」


 エルは片膝をつき頭を垂れる。その様子を見て、魔王ヴァルザークは微笑み、エルを立ち上がらせた。


「感謝する。それはお前だけではない。俺に付き従う者たち全てにだ。ではまずはエルの言う通り人類を一つにまとめ上げよう。…ああそれと【リザレクション】!」


 魔王が叫ぶと天空に淡い緑色の大きな魔法陣が浮かぶと、倒れた人類軍の兵士たちに向かって光が放たれた。すると兵士たちの傷はみるみるうちに癒え、意識を取り戻した。


「では…エルよ。人の王に謁見するとするか。」


「御意。」


 魔王とエルは翼を広げ、喜び合う人類を尻目にルミナリアの王都に向かって飛び立ったのだった。


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「勇者が…負けた…だと…」


 ロイドは両手でベッドのシーツを握りしめ、うつむくしかなかった。しかし、そんな様子を見てエルはコップに水を注ぎ、ロイドに差し出した。


「もうやめておくか?」


「いや…そんなのは嘘に決まっている…。俺を騙そうなんて!」


 顔を上げたロイドに差し出されたコップがぶつかり、水で濡れてしまった。


「やれやれ…我が君にも君と同じくらい疑い深さが欲しいものだ。ほら、これを読み給え。ここに全て書いてある。これが信用ならないなら図書館のを探すといい。」


 そう言ってエルは【ルミナリア近代史】と書かれた一冊の本を手渡した。ロイドはその本をゆっくりと開くと見開きに年表が書かれている。



〜ルミナリア近代史 魔人戦争の勃発と共和制の成り立ち 概要〜


王国暦243年 魔族より人類に対し宣戦布告

同年冬 五カ国により連合軍の結成


王国暦244年 ゴーズレイ草原にて人類軍敗北。及び、各国が魔王軍により制圧される。魔王ヴァルザークがルミナリア国王に謁見

同年夏 ヴァルザークを長とする五カ国同盟が締結


共和暦元年 ルミナリアが共和制へと移行

同年秋 ルミナリア初の選挙及び議会が行われる


共和暦3年 五カ国によるこれまでの戦争被害の補填を完了。以後、人類同士の大規模の戦闘行為を禁止する条約を締結する。


共和暦5年 ルミナリアに人類史上初の魔術学校【魔王立学術魔法学校】が開校する。また勇者登録制度が発足。


共和暦14年 ルミナリアより勇者レイバックが勇者登録制度発足後、初の魔王に挑む。

同年冬 敗れたレイバックが魔王の支援を受け、冒険者育成機関【レイバック戦闘鍛錬場】が作られる。


共和暦22年 五カ国同時に現体制に不満を持つ集団によりクーデターが起きるが、魔王配下の炎帝のジュラにより同日中に制圧。


共和暦23年 クーデターを反省し、魔王配下が各国の自治に当たり、また平和維持とその責任を魔王負うと同盟議会で決定。


共和暦25年 魔王配下の氷姫メルトリスと暴風のトトが干ばつに対処。大飢饉を逃れる。


共和暦27年 勇者アレンとその一行が魔王へ挑む

同年夏 敗れたアインとその一行が魔王の支援を受け、それぞれが育成学校を開校する。


共和暦30年 魔王配下の雷轟アバストロが五カ国をつなぐ鉄道を同盟議会にて発案。


共和暦32年 五カ国をつなぐ大陸間鉄道、アバストロ鉄道が営業を開始。以後、輸送面において多大な貢献を果たす。


共和暦35年 リネーブ総合冒険者組合発足



「めちゃめちゃ人類いい方向に発展してる!」


 ロイドは本をベッドに叩きつけながら叫んだ。


「ロイド君。本をそんな雑に扱っては行けない。本には知識が詰まっているからね。それに…その本は君に差し上げるとしよう。」


 エルは少し得意げに微笑んだ。


「ほら、次のページを開いて。そう…懐かしい。それは初めて我が君とルミナリアの国王が会った日の出来事が書いてある。よく読み込むといい。そこは私自身、執筆していてとても楽しかったからね。」


「あんたが書いたのかよ!」


 ロイドは本を勢いよく閉じると本の後ろに「著 エルトール・アーバレスト」と記載されていた。


「では君は世界の真実を知ったところで…まぁまだ信じきってはいないだろうが…。ここからは君の処遇について話そう。」


 エルは笑顔を消し、まっすぐにロイドの瞳を見つめた。


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 すでにどれほどの時間がたっただろうか。太陽はすでにポッカリと開いた天井の真上まで来て、日差しがまるでエルにスポットライトを当てるように輝いている。


「では…ロイド君。君は簡易的な裁判を受けてもらい、処罰を受けてもらう。」


 エルはまっすぐロイドの瞳を見ながら宣告する。


「さいばん?」


 真面目な顔のエルに対して間抜け顔のロイド。数秒の沈黙が二人の間を流れ、エルはうつむき、片手で顔を覆った。


「アプルド…恐ろしい村だな…。ここまで都市部と辺境の村では差があるのか。いや…ここでそれを悩んでいても仕方ないな。」


 エルは気を取り直し、再びロイドに話しを続ける。極力噛み砕きながら。


「ロイド君。君はこの街でしてはいけないことをした。だからその…そう!この街で君がどれくらい悪いことをし、それに対しどんな罰を与えるかということを話し合う…それが裁判だ。そしてそこで決まった罰を君に受けてもらう。」


 エルは恐る恐るロイドの表情を観察していたがどうやら理解は出来ているようだ。


「罰だと…。俺は…」


 ロイドが反論しようとしたが、エルは遮る。


「すまないが、ここで弁め…。言い訳しても覆らない。それに罰を判断するのは人間だ。我々、魔族は基本的に人類の裁判には関わらない。それに君のしたことは本当に迷惑をかけていないかな?」


 エルは人差し指を空いた天井に向けて指した。


「そ、それは…」


「それに、その気になれば君を跡形もなく消すこともできた。それでも昨日と今日、君に一切、危害を加えていない。悪いのはどちらかな?」


 ロイドは反論できなかった。正直、目の前にいる魔族と自分の力の差は歴然。それにも関わらず、エルは自分に対し敵意を表したり、危害を加えようとはしていない。やっているのは自分の方だ。


「ただ、それでも俺は信じられない。俺にとって魔族は人類の敵で、平和を脅かす存在だ。さっきの話だってこの本のことも俺には…」


 ロイドの困惑する姿を見て、エルはべッドに近づきひざまずいた。


「さっきも言ったが、君の村まで情報が行き渡っていなかった責任は我々にもある。無知であることは悪ではない。知ろうとしないことが悪なのだ。」


 エルは立ち上がりロイドの顎を左手で優しく持ち上げた。


「自分の目で見てくるといい。この街を…。そして判断しなさい。ただ、案内役兼御目付はつけさせてもらうよ。」


 エルは微笑み、懐から小さな水晶を取り出し話しかけた。


「ジャスティン君。エルだ。ああ…寝起きか。いい…そのまま聞いてくれ。15分後に病院に来てくれ。……ああ、ロイド君がいる病院だ。休みはまた明日取ってくれればいい。私から申請しておく。では…」


 水晶からバタバタと音が聞こえたが、エルが懐に戻す頃には消えていた。何故か罪悪感を覚えたロイドであった。


「俺は、どうなるんだ?」


 ロイドはエルに静かに問いかけた。


「まぁ…そうだな。私の見立てでは悪ければ投獄か街からの追放…良くて賠償金というところかな?」


 エルは身を翻して出口へと向かった。


「すまないな。これでも多忙の身で次の予定があるので失礼するよ。君との話…楽しかった。」


 エルはそれだけ言い残し、医務室を去った。ロイドはしばらくドアの方を見つめ、再び本を開くのだった。


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 炎帝ジュラによるクーデター制圧の章を読んでいると、ドタドタという足音がロイドの耳に届いた。


「すみません!遅くなりました!」


 勢いよく開け放たれたドアと共に着崩れた制服を身にまとったジャスティンが汗だくで入ってきたのはエルが出ていってから30分後のことだった。


「エルさんならもう帰ったよ。」


 ロイドは本を閉じ、ジャスティンの方へ向き直った。


「そ、そうか。それで私はなんで呼ばれたのかな?」


 ホッと胸を撫で下ろし、崩れた服装を直しながら問いかけた。


「たぶんだけど…俺のお目付け役かな?エルさんは俺にこの街を見て回るといいって。」


 ロイドもベッドから起き上がり靴を履き、身支度を始めた。


「そうか、君はこの街は初めてだもんね。エルさんも粋な事をするね。よし!僕が案内ををしよう!」


 どうやらこの人は根っからのお人好しらしい。ロイドも本を読んだせいか、それともエルがいなくなってから色々と考えたせいか、先程までの警戒心はほとんどなくなっていた。


「じゃあ、お願いします。ジャスティンさん!」


「ジャスでいいよ。じゃあ行こうか、ロイドくん。」


「俺もロイドでいいですよ。ジャスさん。」


 約二日ほど歩いてなかったせいか、旅の疲れが残っているのか、少しおぼつかない足取りで病院を出たのは昼過ぎであったが、病院前の大通りは多くの人が行き交い、賑やかであった。


「すげえ…こんなに人がたくさん…。え?」


 ロイドが違和感を感じたのは所々に異形の存在が混じっていたからである。しかしロイドは剣を抜く気はなかった。それらは人と普通に話したり、笑顔をだったからだ。


「驚いたかい?ここリネーブはルミナリア共和国でも王都に次ぐ二番目に栄えてる大きな街だからね。ほら、こっちだ。」


 まだ理解の追いついていないロイドの腕を掴み、ジャスは慣れたように人と人、いや人と魔族の間をすり抜けていく。たまにジャスに挨拶をする者もおり、その中には当然のように魔族もいたが、ジャスはみんなに挨拶を返している。


「やぁ、ジャスティンさん。今日はいい天気だね。」


「おや、ジャスじゃねぇか!最近うちの店に来てねぇぞー!今日あたり顔見せに来いよー。」


「レビン、いい天気だね。でも明日は雨らしいよ。」


「ああ、悪い悪い。今日はあんまり遅くならないから仕事帰りに寄らせてもらうよ。」


 そんなやり取りを見ながらロイドの心は揺れ動くのだった。


「さぁ、ついたよ。ここがこのリネーブのシンボル。大時計だ。デカいだろう。」


「こ、これは…」


 それは大きな広場の中心にそびえ立ち、白く塗られた外壁は日光を浴び、更に白く見える。ロイドはこの街のどの建物より高いこの時計台に圧倒されてしまった。


「すげぇ…。こんなのがこの世界にあったんだ。」


「びっくりするよね。これは魔王様がエルトールさんに頼んで一時間くらいで建てられたんだよ。魔族と人との時間を刻む為にって。」


「エルが!?一時間で!?」


 ロイドは思わず大声で聞き返したが、ジャスは腰に手を当てて笑った。


「笑っちゃうよね。でもまぁ、なんというかこれが共生のシンボルだと思うと感慨深いよね。あっ、これに剣で斬りつけたりしないほうがいいよ。昔、調子に乗った剣士が斬り掛かって傷つけたらエルさんに……ああ…思い出したくないことを思い出してしまった。」


 急に青ざめるジャスから大体察しがついたのでこれ以上を聞くことをロイドはやめた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 ロイドがジャスの取ってくれた宿についたのは日が沈んだ頃であった。まだ夜空を見ると地平線の方には僅かに深い青と赤のグラデーションが広がっている。


「いやぁロイドは面白いなぁ。子供の頃にホーンボアと戦ったって!?そりゃエルさんにも剣を抜くわけだ!ハッハッハ!」


「笑い事じゃなかったって!あの時は必死だったし!それに何回か走馬灯も見えたんだぜ!?」


 二人は宿屋の一階にある酒場で夜ご飯を食べていた。どうやら休日出勤になり、奥さんから晩御飯は外で食べてくるように言われてきたらしい。なお、エルさんのはからいでご飯代とロイドの宿代はエルさん持ちとのことだ。


「それにしても飲み過ぎなんじゃない?」


 ロイドはジャスの目の前に置かれたいくつものグラスを見ながら心配する。


「いいの。いいの。そんなことより君は本当に面白いなぁ。ホーンボアもそうだけど、森のドライアドの話とか最高だよ。」


 ジャスは片手に持ったグラスに残った酒を一気に飲み干した。


「いや!だってさ!あんな綺麗な人…ドライアドに言われたらそりゃあ、ついて行くって!」


「それで川に落ちて流されたんだろ?傑作だね!」


 二人が話をしているとその目の前に街なかで見た一般的な女性用の服に身を包んだ小さな角が一本、金色のロングヘアからのぞく、女の魔物が現れ、仁王立ちした。ロイドは一瞬、持っていたスプーンを止め見つめたが、ジャスは立ち上がりその魔物に抱きついた。


「メアリー!迎えに来てくれたのかい!?」


 しかしメアリーはサッとかわしジャスは床にダイブした。


「あんた!いつまでも帰ってこないと思ったらこんなところで!……ごめんなさいね。うちの旦那が迷惑かけて。」


 メアリーはロイドに顔を近づけ謝罪した。ロイドは思わずその美貌に一瞬見惚れてしまい。「あはっ…いえ。」と変な声で返すのが精一杯であった。


「メアリー。酷いじゃないかあ。」


 ジャスがゾンビのように立ち上がるとメアリーはすかさず左フックを脇腹に入れた。これは世界を取れるとロイドは確信するほど見事に決まり、ジャスはぐったりとしたが床に倒れ込む前に、メアリーがキャッチし、そのまま左肩に担いだ。


「お酒が入るとこの人、絡むから面倒なのよね。ごめんね。えっと…」


 おもむろにロイドも立ち上がり答えた。


「ロ、ロイドです。むしろジャスティンさんにはこの街のこと教えてもらったり案内してもらったり今日一日お世話になりまして!はい!」


「まぁ!それなら良かったわ。じゃあロイドさん。今日は疲れたでしょう?ゆっくり休んでくださいね。では…私たちもおいとまします。」


 ロイドは華奢な腕に抱えられるジャスとメアリーを見送り、また席に座ると残ったチキンを食べ、残った飲み物を飲み干し部屋へと戻った。


 そしてベッドに仰向けになり天井を見つめ、考えた。


(ジャスさんの嫁…やべー!色んな意味でやべー!!でもすごい良い匂いしたわー!)


 ジャスへの嫉妬とメアリーへの恐ろしさなど今日一日で体験したことを頭で整理するうちにロイドは夢の中へと旅立っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ロイドさん!起きてください。衛兵です。ロイドさーん!出廷なので出てきてください!ロイドさーん?」


 ロイドは扉を叩く音と男の声で目を覚ました。慌てて扉を開けようとしたため、ベッドから落ち、顔から床に激突したので痛みにより完全に覚醒したロイドは赤くなった鼻を押さえながら扉を開ける。


「ああ…ロイドさん。どうされました?やけに大きな音もしましたし。そんなことより出廷なのでついてきていただきますよ。」


 軽装の鎧を身に纏った数人の男がそこには立っており、不思議そうな顔でロイドの顔を見ている。ロイドは「あんた達のせいだよ」と言いたい気持ちを抑え、頷き、扉を閉めると着替えと顔を洗い衛兵とともに店を後にした。


「ところで兵士さん。しゅってい?ってなんですか?とりあえずついてきましたけど…」


 ロイドは自分の横を歩く衛兵に問いかけた。


「君のこの街でやったことについての裁判がはじまるということだよ。それにしてもよくエルトールさんに剣を向けて生きてられたねえ。」


 衛兵は少し感心するようにロイドの問いに答えた。しかし当の本人は未だ理解していない様子であったが、リネーブ裁判所に到着すると、その威圧するような佇まいを目にし、嫌でも緊張感が走った。


(ああ…俺、だいそれた事やったかもしれない…)


 衛兵により、裁判所の中に連れられると吹き抜けの玄関ホールには大きなシャンデリアが吊るされ、来るものを待ち受けているようであった。そのホールで少し待たされ、また歩き始め、ロイドは地下の椅子が2つ置かれただけの小部屋に案内された。

 そこで待つようにロイドは指示され、衛兵達は部屋をあとにするのだった。


 しばらく待っているとコツコツという音が近づき、ロイドの目の前にある扉がゆっくりと開いた。


「待たせたね。ロイド君。昨日より顔色も良くなっているようだね。」


 現れたのは黒い軍服のような制服を身にまとったエルであった。ロイドはエルが部屋に入ってくるのをじっと見つめていた。


「おや?昨日までと違って大人しいじゃないか?まるで借りてきたドラゴン…いや、キマイラだったかな?まぁそれはいいとして…。どういった心境なのかな?」


 エルは空いた椅子にゆっくりと座り、足を組んでロイドに挑発するような笑みを見せた。


「昨日…この街を歩いて。自分の目で確かめた…。確かにあんたの話しや本に書いてあったように…その…共存してるんだなって…」


 ロイドは自分の言葉を紡ぐのが難しいように思えた。昨日の朝までの価値観がひっくり返されたのだからやむを得ない。


「嘘ではないと信じてもらえたようで良かった。ジャスティン君に頼んで正解だったようだ。彼は頼りになる男なんだが、少々、自己肯定感の低い人間で……すまないな、どうも歳を取ると話が長くなってしまう。」


 見た目と言ってる言葉に矛盾を感じながらロイドはエルの言葉に耳を傾けた。


「とにかく、有意義な一日を過ごせてもらえてよかった。では…本題に移ろうか。悪いが、裁判は無しだ。私の権限で君の処遇を独断で決定した。」


「俺は一体、どうなるんですか?」


 ロイドは息を飲み、答えを待った。


「ロイド君。君には悪いが死んでもらう…我ら魔族に刃を向けた報いだ。」


 静かな小部屋に緊張感が走った。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふふふ…さて、どうする少年?いや、冒険者ロイド。君の旅は残念ながら終わりだ。」


 エルは立ち上がり、両手を腰に当ててロイドを見下ろした。


「仕方ない。もう少しやれると思ったんだけどなぁ。」


 ロイドは両手を頭の後ろで組、天井を見上げた。


「抵抗しないのかい?それとも…魔王様を倒すという気持ちも折れてしまったかな?」


 エルは誘うような笑顔を見せ、ロイドに近づいた。そしてロイドも両膝に両手をついてエルを見る。


「いやぁ。やる気はあるけどな…。でもここで下手に抵抗して…村の人間に迷惑かけてもしかたねぇなって。なら…ルールに従うしかね。それにここを逃げ出したところでっていうより、魔王を倒す意味もあるのかなぁって思ってさ。」


「なるほど…賢明な判断だな。どうしてそう思ったかお聞かせ願いたいね。」


 エルは再び椅子に座り、ロイドを見つめたが、柔和な笑顔へと変わっている。


「街のみんなが…笑ってたから。それに俺の世界の狭さも思い知ったからかな。あんたと戦ったこともそうだし、この国の歴史やら、諸々ね。正直まだ信じきれてないところはあるけど…それでも自分の見たものくらいは信じてぇなって。それに俺を殺すのもそれがこの世界のためなんだろ?ルールに従うさ。」


 ロイドは両手を広げ目を閉じて最期の時を待った。


「なるほど…。ではロイド君。君にはここで働いてもらおう。」


「ああ…そうしてくれ、一思いに……ん?」


 ロイドは自分の耳を疑ったが、笑い声が聞こえてきたので、ゆっくりと目を開けると腹を抱えて笑うエルの姿があった。


「アハハハハ!いやぁ~。すまない。すまない。悪い癖が出た。許してくれえへへへへ……あ〜、久々に笑ったよ。最近忙しくてストレスが溜まっていてね。いやぁ本当にすまない。」


「あの…すいません。どういうことかだけとりあえず説明してくれません?俺、死ななくていいってことでいいんすか?」


 ロイドは希望を確信に変えるための答えを待ったが、あっさりと肯定された。


「ああ。もちろんだ。あれだけのことで死罪になるなんてことはないよ。ただ少しイタズラ…人間の間ではドッキリというやつか!これは痛快だな。」


(このお…悪魔め!!)


 ロイドは心の中で罵詈雑言を浴びせてやろうかと思ったが、目の前の悪魔は心も読んでくるかもと考え、思いとどまった。


「ああ、そのとおり私は悪魔だよ。」


 エルは笑いながら、返した。良かった…あれで止めておいて。


 しばらく笑い声が部屋に響いた後、エルは改めて姿勢を直し、ロイドに話を切り出したが、まだ少し口角が緩んでいることをロイドは不満に思っている。


「君への罰としては本来は1ヶ月の投獄か賠償金が妥当なのだが、法務官権限で私の監督下に置いて公務に従事してもらうという形で落ち着いたのだよ。」


「なんで、俺なんかの為に?」


 ロイドは言葉の意味はわからないが文脈からしてエルが自分に配慮したというのは伝わっていた。


「君の魔王を倒したいたいという熱意。それにその歳で雷鳴閃を習得している才能…君は我が君が探していた勇者になれる可能性があると判断したからだよ。」


「魔王を倒せる可能性…まさかあんたはクーデターを!?」


 ロイドは思わず立ち上がって声のトーンが大きくなったが、エルは相変わらず落ち着いた言葉で返した。


「魔王討伐は魔王様自身の願いなのだよ。その為の制度も作ってある。私は我が君の願いを叶えたいだけなのだよ。わかったかい?」


「願い?」


 ロイドはゆっくりと椅子に腰を下ろし、それを見届けるとエルは話を続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「魔王様はとてもお可哀想なお方なのだよ。」


 エルは空間に開けた穴からティーセットを出し、そこに紅茶を2人分入れ、一つをロイドに寄越した。


「我らが魔王、ヴァルザーク様は幼少期よりその強さは抜きん出ていてな。力こそ正義という我ら魔族を体現するようなお方なのだよ。」


 ロイドは寄越された紅茶を口につけるとその美味しさに一瞬意識を持っていかれた。


「なにこれ?美味ッ……あっ…続けて続けて」


 小さくエルは笑い話を続ける。


「そして魔王様は対立関係にあった魔族十三族を一つにまとめ上げ、さらには人類もその手中に納めた。ただ…」


 ロイドも思わずその言葉に飲む手を止めた。


「ただ…どうしたんだ?その後、平和になった今の世の中があるんじゃないのか?」


 エルも一口、紅茶を口にするとため息とともに答えた。


「平和すぎるのだよ。いや、平和を否定するつもりもない。魔王様も戦いは好きだがあくまで個人的な戦闘であって、戦争などは否定なされている。だが、期待したような魔王様と対等に戦える者…そう、勇者が現れないのだ。」


 ロイドは一気に残った紅茶を飲み干し質問した。


「俺が言うのもなんだけど…それは魔族のほうが可能性があるんじゃないのか?実際、人類は一瞬で負けたんだし…」


「君は思ったより鋭いな。いい質問だ。そしてその答えは無いと答えようか。」


 エルはロイドのあいたカップに再び紅茶を注いだ。


「確かに…炎帝様や私は魔王様の運動相手くらいにはなるが、とてもじゃないが同等には遠く及ばないし、我ら魔族は生まれた時から強いがそれ以上強くなれない…そういう生き物なのだ。ただ人類は違う…」


「人類は…違う?」


「ああ、人類は成長する。種族としても個人としてもな。たしかに魔族の中から凌駕するものが生まれる可能性はあるが、それよりも人類の可能性に賭けておられるのだよ。そして実際、たった二人だが、この数十年のうちに魔王様の足元に及ぶ者が現れた。」


 エルは真剣な顔でロイドを見つめる。


「だからこそ…可能性のある人間を育て、我が君の大願である『全力で戦う』を叶えたいのだよ。その可能性を君に感じた。だから私が目の届くところで育てたいということだよ。」


 二杯目を飲み終えたロイドも改めてエルを見つめ返す。


「理由はわかった…でもなんで育てるということがここで働くことに繋がるんだ?」


 エルは2人分のカップをまた空間に空いた穴の中に戻し答える。


「それは治療代と病院の修理費は払ってもらわないといけないからな。それに働かないとこの街でどうやって生活するつもりだい?」


 エルは当然といった顔でロイドの顔を覗き、彼もおおきく頷き、納得するしかなかった。


「たださ、育てるってことは…エルさんが育ててくれるのかい?」


「そのつもりだ。ただ、私も忙しい身だから常にというわけにはいかん。それに我が君のお相手もしないと…」


「お相手?」


 ロイドは一瞬大人な想像をしたが、すぐにエルに否定された。忘れていた…この人は心が読めるのだった!


「魔王様…最近暇すぎて人類に教えてもらった『盆栽』なるものにハマってな…それで山一つを盆栽のために改造しているのだよ。」


 盆栽…それはロイドの知らない趣味であったが、恐らく魔王がハマるほどだ、恐ろしい趣味に違いない。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ俺はこの街で修行をつけてもらって、弁償も終わったら旅に出られるってことでいいのかい?」


「理解が早くて助かる。そのとおりだ。」


 エルは微笑み返す。


「それに君の配属先は決まっている。世界中の勇者候補が集まる【冒険者登録課】だ。そこでもしかしたら仲間も見つかるかもしれない。」


「冒険者課?」


「行けばわかるよ」と言い残し、エルは小部屋を後にした。

 そして入れ替わりで鎧を着た、身長はゆうに2メートルはある二足歩行するトカゲのような魔族が入ってきた。


「やぁ!君がエルトール様の言っていた人間か!俺はリザードマンのカシュアだ。よろしく頼むよ。」


 カシュアは片手を差し出し握手を求めるとロイドも軽く挨拶し、握手に応じた。


「俺はロイドだ。で…カシュアさんはなんでここに?」


「カシュアで構わないよ!俺はロイドに冒険者課まで案内するように頼まれてな!じゃあ行こうぜ!」


「おお!ちょっとおおお!」


 カシュアはロイドの腕を掴むと一気に裁判所の出口までかけだした。


「カシュア!腕引きちぎれるから!」


 裁判所を出てからやっとカシュアの暴走が止まり、ロイドに謝った。


「悪い悪い。ついな!俺にも後輩ができると思うと嬉しくてな!」


「後輩?」


 ロイドは腕をさすりながら聞き返した。


「エルトール様から聞いてないのか。冒険者課は大所帯なんだけど俺はその一番下でなぁ。それで俺にとっては初めての後輩だってことよ!」


「そうなんだ…で、冒険者課ってどんなところなんだ?」


 ロイドは赤くなっている腕に息を吹きかけて問いかける。


「冒険者に関する業務全般かなぁ。俺は冒険者の強さを測るための係をしているんだけどね。」



 二人は並んで歩き始め色々と話し、遂に職場となる【リネーブ魔王立総合冒険者組合】へとたどり着いた。


「うわぁ…デケェ。」


 ロイドはこの街に来て3つ目の大きな建物に圧倒されていた。裁判所とは違い、木造四階建てで赤い屋根は遠くからでも目立っていた。そしてその正面には金と銀で装飾された大きな扉が開け放たれた玄関が二人を待ち受けていたのだった。


「さあ、行こうか。」


 カシュアを追いかける形で玄関ホールを抜けると、その先には長々と横並びになった窓口がいくつも連なり、多くの人々が手続きなどを行っていた。


「これ全部が、勇者候補なのか?」


「いやいや、一般の人もいるよ。さぁ、冒険者課はこっちだ。」


 危うくまた腕を掴まれそうになったので咄嗟に隠すと、カシュアは少し残念そうな顔をして奥へと進んだ。全く…油断ならない。


 そして奥の廊下の突き当りに【冒険者登録課】と書かれたドアの前に二人はついた。


「いいかいロイド?入ったらまずは大きな声で挨拶だ…じゃあ開くぞ!」


 こうしてロイドの新たな冒険…もとい新たな業務が始まったのだった。


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 まずはこの作品を見つけていただいた方、そしてここまで読んで頂いてありがとうございます。

また現在連載中のお話もありますので良かったら読んでいただけるとうれしいです!



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