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婚約破棄された悪役令嬢ですが、辺境で最強国家を作り上げます!  作者: 妙原奇天


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第8話「オーベルン伯の館」

 王都の北区、白大理石の館が並ぶ一角に、ひときわ威容を誇る屋敷がある。オーベルン伯の館――宰相派の中でも最も老練で狡猾な男の居城だ。高い門扉には黒鉄の棘が並び、庭園の生垣は迷路のように剪定されている。


 クラリスは深呼吸をし、塩袋ひとつを抱えて門をくぐった。随伴はユリウスとイングリット、そして護衛としてドミトリとフェン。ルーカスは表向き「交易院の立会人」として帯同している。


「くれぐれも、伯の挑発に乗るな」ルーカスが低声で釘を刺す。

「わかっています」クラリスは微笑んだ。

――王都で剣を抜くのは愚か者のすること。だが言葉を抜くのなら、勝敗は逆転し得る。


宴の間


 大広間には金と赤の豪奢な絨毯が敷かれ、長い卓には葡萄酒と肉料理が並べられていた。オーベルン伯は肥えた体を椅子に沈め、冷ややかな目を光らせている。

「ようこそ、辺境の令嬢。……いや、もう“令嬢”ではなかったな」


 皮肉を込めた言葉に、クラリスは優雅に礼を取った。

「辺境の塩を携えて参りました。陛下の臣として、王都に捧げるべく」


 伯は指を鳴らし、従僕に塩袋を開かせた。白い結晶が皿に盛られ、光を反射する。

「ふむ……粒が揃っている。だが、これがいかほどの価値になる?」

 周囲の貴族たちが嘲笑を漏らす。「塩などどこにでもある」「辺境の土産話だ」――その声は予想していた。


 クラリスは静かに匙を取り、葡萄酒に塩をひとつまみ落とした。香りが引き締まり、甘味が際立つ。

「味見をどうぞ」


 半信半疑で口にした伯の顔色が変わる。ワインの質が上がったのは明らかだった。

「……これは」

「粒を揃えることで、余計な雑味を除きました。料理にも保存にも、従来の塩以上の効果を発揮します」


 ざわめきが広がる。従者が肉に塩を振り、焼いてみせた。香ばしい香りが立ち、誰もが息を呑む。


取引の提案


 伯は扇で口元を隠し、低く笑った。

「確かに素晴らしい。だが、問題は量だ。辺境の小さな村がいくら袋を作ったところで、王都の市場は満たせまい」


「ご安心を。すでに八升区画を二十面開設済みです。月に百袋の供給を見込めます」

「百袋? 王都全体には雀の涙だ」


 クラリスは一歩踏み込み、視線を鋭くした。

「ならば“王都全体”ではなく、“選ばれた者”に売りましょう。王侯貴族の食卓にこそふさわしい塩。独占したいとお思いなら、伯こそが最もふさわしいお方です」


 伯の瞳が光る。周囲の貴族たちが息を呑んだ。挑発と同時に、甘美な餌を差し出す――それがクラリスの策だ。


「なるほど……私を利用する気か」伯はゆっくり立ち上がり、巨体を揺らした。

「だが忘れるな、辺境の娘。利用されるのはお前のほうかもしれぬぞ」


思わぬ乱入


 そのとき、扉が勢いよく開いた。王太子アレクシスが現れたのだ。青い外套に身を包み、背後には従者と近衛を従えている。

「ほう、ここにいたのか。辺境に追放されたはずの女が、王都で商いとは」


 場が凍りつく。伯でさえ口をつぐんだ。

 クラリスはゆっくりと振り返り、深く礼をした。

「殿下。私は辺境にて塩を生み出しました。それを王都に届けるのは、臣として当然の務めです」


「務め? 笑わせる。お前のような女に務めなど――」


「殿下」クラリスは遮った。

「私は“悪役令嬢”として追放されました。しかし辺境の民は私を必要としています。――この塩袋一つが、彼らの命をつなぐのです」


 王太子の顔が怒りに染まる。だが周囲の貴族の視線は既に塩袋へ向いていた。嗅覚は権力より早く、利益を嗅ぎ取る。


伯の裁定


 沈黙を破ったのはオーベルン伯だった。

「殿下、この塩は確かに価値がある。無視すれば、他国に流れかねません」


「伯!」王太子が声を荒げる。

「この女を庇う気か!」

「庇う? 違います。利用するのです」


 伯はクラリスを見据え、にやりと笑った。

「辺境塩の専売権を、私に差し出せ。そうすれば、お前の商隊は保護され、王都での商いも許されるだろう」


 クラリスは息を整え、静かに答えた。

「専売権は差し出せません。辺境の民の命を伯の胸先三寸に委ねることになるからです。ただし、“取引”なら歓迎いたします。供給の半分を伯に優先的に卸す――その代わり、辺境への交易路を守っていただきたい」


 伯の目が細められ、しばし沈黙が流れる。

 やがて、腹の底から笑い声が響いた。

「ほう! 悪役令嬢とは聞いていたが、悪どい交渉をするではないか。いいだろう。半分を私に、残りはお前の好きに売れ」


 王太子は激昂した。

「伯! なぜそんな女に――」

「殿下。これは国益だ」伯の声が鋭く響く。

「辺境の塩は、もはや無視できぬ“力”だ」


館を後に


 交渉を終え、館を出たクラリスは大きく息を吐いた。イングリットが横に立ち、囁く。

「危うい賭けでしたね」

「ええ。でも必要な賭けでした」


 ユリウスが記録帳に数字を書き込みながら言う。

「これで王都は辺境塩を認めざるを得ない。だが同時に、宰相派の庇護下に置かれたことにもなる」


「庇護は枷にもなる」クラリスは呟く。

「けれど、枷は外せばいい。――辺境は私たちのもの。伯のものではない」


 ドミトリが笑い、フェンが旗を肩に担ぐ。

「なら次は、“塩”だけじゃなく“国そのもの”を見せつけてやりましょう」


 クラリスは夜空を見上げた。星々は冷たく輝き、その下で王都はざわめいている。

「ええ。次は“辺境国家”としての姿を、彼らに示す時です」

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