第19話「黄金の大地、国の誕生」
王太子の来訪
赤月の戦から十日後。辺境は静けさを取り戻していた。
だが、その静けさを破るように、王都からの使者が現れる。
「殿下ご自身が軍を率いてこちらへ向かわれる」
その報せに、人々の間に緊張が走った。
イングリットは剣を握りしめたが、クラリスは首を振る。
「剣を抜かずにここまで来たのです。最後まで、その誓いを曲げません」
やがて塩湖の畔に、黒馬を駆る王太子アレクシスの姿が現れた。
甲冑に身を包み、瞳には怒りと焦りが宿っている。
「クラリス……辺境を返せ! 女が国を興すなど、王国の恥だ!」
対峙
クラリスは民と共に湖畔に立ち、契り袋を高く掲げた。
「殿下。私は悪役令嬢と呼ばれ、婚約を破棄され、辺境に追われました。ですが見てください――この地は死地ではなく、黄金の大地だったのです」
人々が次々に袋を掲げる。
「クラリス様こそ我らの主だ!」
「この地を守る女王だ!」
湖畔に響く声は波のように重なり、アレクシスの怒声をかき消した。
王の裁定
その時、王都からの伝令が駆け込んだ。
王国の旗を背に、王の親書が読み上げられる。
「国王陛下の勅命により、辺境直轄領を“自由領”として認める。代官クラリスを初代領主とし、国に属しながらも独自の政を許す」
群衆がどよめき、歓声が広がった。
アレクシスの顔は蒼白になり、剣を抜こうとしたが、近衛兵が立ちふさがった。
「殿下、これ以上は逆賊の所業にございます」
アレクシスは呻き声を上げ、剣を落とした。
辺境の即位
その夜。湖畔の広場に篝火が焚かれ、人々が集まった。
クラリスは壇に立ち、静かに告げた。
「私は侯爵令嬢ではありません。悪役令嬢でもありません。――この辺境の女王です」
契り袋が無数に掲げられ、歓声が夜空を震わせた。
ユリウスが涙を拭い、イングリットが盾を高く掲げ、フェンが旗を振り、ドミトリが剣を掲げる。
黄金の湖が篝火に照らされ、きらめいた。
未来への道
翌朝。赤月は消え、清らかな青空が広がっていた。
クラリスは湖畔を歩き、静かに呟く。
「婚約破棄から始まった物語が、ここまで来たのですね」
マリナが隣に立ち、微笑む。
「いいえ、ここからが始まりです。国を興し、民を守り、未来を築く。クラリス様の物語は、まだ続きます」
クラリスは頷き、湖面を見つめた。
そこに映るのは、悪役令嬢ではなく――建国の女王の姿だった。
終章
かくして辺境は「自由領」として認められ、クラリスは初代女王として名を残した。
塩は国を潤し、硝は知恵を広げ、契りは人々を結ぶ。
“悪役令嬢”の汚名は消え、黄金の大地から新たな国が生まれたのだ。
――これは、婚約破棄から始まる逆転劇。
そして「悪役令嬢が国家を築く物語」の、第一幕にすぎなかった。