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第15話「硝床の秘密」

 夜明けの湖畔は白い霧に包まれていた。だが、その向こうで人々は既に動き始めている。新たに掘られた窪地――硝床である。

 木灰と土を混ぜ、家畜の糞尿を加え、湿らせて寝かせる。時をかけ、硝酸塩を析出させる仕組みだ。


 ユリウスが桶を運びながら、説明を続ける。

「灰と糞を三対一に。水を含ませ、発酵させる。表面に浮いた白い結晶こそ、火薬の主成分――硝石になる」


 村人たちは驚きと不安の目で見つめる。

「火薬……武器になるのか?」

「危ないものじゃないのか?」


 クラリスは前に出て、穏やかに告げた。

「これは戦のためだけに使うのではありません。土壌を豊かにする肥料にもなるし、害獣を追い払う道具にもなる。――私たちは“命を奪う”ためではなく、“命を守る”ために育てます」


成功の兆し


 数日後。ユリウスが硝床から塊を取り出した。白く乾いた結晶。

「……出た!」

 人々が息を呑む。クラリスは掌に乗せ、太陽光に透かして見た。透明な輝きは、塩とは異なる力を秘めていた。


「これが……辺境の第二の宝」


 ドミトリが笑い、拳を突き上げる。

「塩に硝! これで王都の誰も無視できん!」


 フェンが旗を振り、子どもたちが走って広場に報せる。

 村中に歓声が広がった。


王都の動き


 その頃、王都ではまた別の動きが生まれていた。

 王太子派の議場で、重臣たちが怒声をあげる。

「辺境が硝を産する? 火薬の材料を握らせれば、王国の軍権が揺らぐ!」

「陛下が彼女を直轄代官にしたのは誤りだ!」


 アレクシスは冷たく笑った。

「よかろう。塩に続き、硝までも得たなら、辺境は必ず慢心する。……そこを叩くのだ。武力ではなく、策で」


 彼は密かに命じた。

「辺境の内から崩せ。――裏切りを仕込め」


不安と対策


 辺境の会合所。ルーカスが王都からの報告を携えて戻ってきた。

「殿下は硝の噂に激しく動揺している。次は間違いなく“内乱”を仕掛けてくる。……辺境の誰かを買収し、分裂を誘うはずだ」


 イングリットが険しい顔をする。

「民を疑うのか?」

「疑うのではありません。――守るのです」クラリスはきっぱりと言った。


 彼女は契り袋を掲げる。

「今から“二重契り”を始めます。仕事の印だけではなく、“誓いの印”を一人ひとりに刻む。裏切り者は必ず、印の欠けで見えるはず」


 ユリウスが補足する。

「つまり、働きの契りと、忠義の契り。二つ揃って初めて“国の民”となる」


 人々はざわめいたが、やがて同意の声が広がった。


夜の決意


 作業を終えた後、クラリスは湖畔に立った。塩湖は月明かりに照らされ、硝床からはかすかに甘い匂いが漂う。


 イングリットが背後で問いかけた。

「殿下が次に放つのは、剣でも兵でもない。――人の心です。それでも勝てますか?」


 クラリスは湖面に映る自分を見つめ、静かに答えた。

「勝ちます。剣より強いものを、私は手にしました。――それは“契り”です」


 彼女の瞳には、黄金の湖と白き硝石の輝きが映っていた。

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